日系4世クレイグ・岩本さん:福島県で料理振る舞う、夏まで月に一度被災地へ

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福島県いわき市の避難所でハヤシライスとともに、新鮮ないちごとみかんを振る舞った(写真提供=クレイグ・岩本さん)


ロサンゼルスとサンフランシスコの日系社会からの寄付で購入した牛肉を切る岩本さん(左)


 約100人の住民が避難生活を送る東日本大震災の被災地、福島県いわき市勿来(なこそ)の「いわき南の森スポーツパーク」で3月30日、ウエスト・ロサンゼルス出身で東京在住の日系4世、クレイグ・岩本さんが被災者にハヤシライスと新鮮な果物を振る舞った。岩本さんらは夏まで、月に一度の割合で同県の避難所に支援物資の運搬などを続ける。
 「いただきます」―冷えきったいわき市の同避難所にはこの日、ハヤシライスのいい匂いが漂い、被災者のにぎやかな声が響いた。3月11日の震災以来、パンやカップラーメン、おにぎりなどしか口にできなかった被災者にとって、約3週間ぶりに食した肉料理と果物は特別なものだった。「まるで、生まれて初めて肉を食べた時のようだよ」。被災地の男性は満面の笑みで深々と頭を下げ、岩本さんらにお礼を述べた。
 3年前に東京へ移住、現在はJoe Ironの名で音楽プロデューサー兼作詞家として働く岩本さんが福島県での炊き出しを決めたのは、同県いわき市で被災した友人からの助けを求める電話がきっかけだった。南加神奈川県人会で会計を務める父ハンクさんや北加に住む友人アツヤ・カジタさんが、県人会会員や在米仲間に支援を呼びかけ、1週間で約6000ドルを捻出。50ポンドの牛肉や新鮮な果物のみならず、多くの支援物資を購入した。
 
津波の威力を思い知る
「まるで映画のシーン」

 

津波により住宅が押し流され、土台を残すのみとなった(手前)=いわき市小名浜

 岩本さんとアーティスト仲間の太田耕司さん2人は30日、ミニバンに支援物資を詰め込み、午前6時に東京を出発。茨城県に入ると、地震による被害が目に見えて分かった。「高速道路はでこぼこで、コンクリートには大きなひびが入っていた」
 被害は、福島県に近づくにつれひどくなった。いわき市の小名浜や岩間といった海岸沿いには、津波により流された巨大な漁船やタンカーが道端に放置され、家屋は重なりあうように崩壊、車は壁に激突し大破していた。震災から19日が過ぎたこの日でも、家族や親族を探し求め、がれきの中を歩く人の姿もあった。
 「被災地には、本当に何も残っていない。まるで、映画のワンシーンのようだった。床の部分だけを残し、すべてが流されていた家も多くあった」。岩本さんの頭に浮かんだのは、「津波の威力」。それだけだった。
 いわき市勿来の避難所に到着したのは、午前8時半。電気と水道は復旧していたが、ガスは止まったまま。被災者は、避難所に入る前に靴を脱ぎ、順番で掃除もし、ゴミの分別やリサイクルまでもきちんとしており、避難所は想像以上に整理されていた。
 
「今」を生きる被災者
物資は個人などからの寄付

 
 岩本さんは、避難所の人たちがとても落ち着いていたことに少し驚いたというが、「彼らには、将来を考えることすらぜいたくなことで、『今』に全力を注いでいる」とすぐに分かったという。また、男性のほとんどは避難所からすでに会社に出勤しており、岩本さんらが到着した時間には、高齢者や母親、また子供たちしかいなかったという。

避難所の子供たちと料理をする岩本さんとボランティア

 被災地の商店のほとんどはいまだ閉まった状態のため、被害が少なく自宅で生活している人たちも食事を求めて避難所にやってくる。そのため、夕食は40~50人ずつ計3回に分け、約150人に振る舞った。
 被災から約3週間が過ぎようとしているにもかかわらず、避難所に届けられる物資のほとんどは、個人や民間企業などからの寄付で、慈善団体などからの物資はまだないという。岩本さんは、「いわきの人たちはすでに復興に向け準備ができている。でも、それを引っ張っていく人が誰もいないのが現状」と、厳しい状況を伝える。
 また、福島第1原子力発電所から南西約25マイル(40キロ)に位置する同市。避難命令は出ておらず、政府からは「安全」と言われているが、「いわき市全体が危ない」などといった風評被害も受けている。岩本さんは東京へ戻った後、放射線量を調べるため病院で検査を受けたが、結果は0・1ミリシーベルトで胸部レントゲン撮影と同じレベル。「医師からは、シャワーを浴びて服を洗えば問題ないと言われた」
 
「一生忘れられない経験」
被災者支援は当然のこと

 
 一連のボランティアを通じ岩本さんは、「新鮮な肉や魚、果物や野菜など、自分たちは日常の多くのものに対し、手に入って当たり前との気持ちがある。でも、これらは本来とってもぜいたくなものなんだと学んだ」と振り返った。また、自身らを家族の一員のように迎え入れてくれたいわき市勿来の人たちに感謝したいと述べ、「一生忘れられない経験となった」と話した。
 岩本さんらは、今月24日に再び支援物資を持って福島県の避難所数カ所を訪れる。今後は、月に一度の割合で物資の運搬を夏まで続けていくという。「被災した人たちは、一瞬にしてすべてを失ってしまった。彼らは何も間違ったことはしていない。皆で被災者を支援することは当然のこと」と、岩本さんは被災者の長期的支援を約束した。
 岩本さんの支援活動に関する問い合わせは、岩本さんの父ハンクさんまで、電話310・837・6388[email protected]
【取材=中村良子】
 

炊き出しを手伝ったいわき市のメンバー。後列左から3人目が岩本さん。太田さんは前列右から2人目


 
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