宮坂一さん:「もう一度家族で日本へ」難病ALS、筋力の衰えと闘う

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宮坂さん一家。前列左が一さん=2009年8月撮影 (写真提供=宮坂さん)


昨年10月の告知以来、体重が10減った一さん=2011年3月撮影 (写真提供=宮坂さん)


 「自分の体が完全に動かなくなってしまう前に、もう一度家族全員で日本へ行きたい」―。サウスパサデナ在住の宮坂一(はじめ)さん(18)は、体を動かすための神経系(運動ニューロン)が変性し、全身の筋肉が動かなくなる進行性の難病、筋萎縮性側索硬化症(ALS)と闘っている。日々急速に進行する病魔に立ち向かいながら、もう一度、家族5人で大好きな日本へ行けることを願っている。
 「お母さん、左手が震えるんだ」。一さんが秀枝(ほずえ)さんに異変を訴えたのは、昨年の5月。その後、「親指の動きがおかしい」「力が入らない」と、次々に異変を訴えた。次第に、第二間接で指が曲がり左手が「ワシの手」のようになった。
 「もしかして…」。健康な右腕とは対照的に、筋肉がなくなり細くなった左腕を見た秀枝さんの頭に、スティーブン・ホーキング博士の姿が浮かんだ。ネットで調べると、それは筋萎縮性側索硬化症(ALS)という病気で、ヤンキースの名打者、ルー・ゲーリッグ選手が罹ったことでも有名な難病だった。
 「違っていて」。強い思いを胸に、夫、浩正さんと医師を訪ねた。小児神経科で2カ月におよぶ検査の日々。医師はALSを疑ったものの、本来40代から70代に起こる病気であることから、診断には至らなかった。
 その間、一さんの左腕はすでに動かなくなっていた。舌の筋肉も衰え始め、話し方にも変化が出ていた。
 昨年10月、専門医から、10代の患者を診たことはないが、手の筋肉の萎縮とろれつが回らないような話し方から、正式にALSと診断された。医師は一さんに、「自分のペースで病気を知っていくことが大切。周りに病名を話すと、今知る必要のない情報まで入ってくるかもしれないから、友達には言わない方がいい」と語りかけた。
 「僕は長く生きられないんだ」とつぶやいた一さんのひと言に、秀枝さんは息子の前で思わず涙を見せた。
 この病気の行き着く先は皆分かっている。目の前で苦しむ息子にかけてあげる言葉が見つからず、ただ一緒に泣くことしかできない日々が過ぎていく。
 しかし、家庭内に漂っていた重い雰囲気を打ち破る大きな一歩を踏み出したのは、一番苦しい思いをしていたはずの一さん本人だった。
 
勇気ある告白
 
 一さんは、パサデナにあるファースト・ユナイテッド・メソジスト教会のユースグループに入っている。告知から約1カ月後、思いもよらない行動に出た。
 ユースキャンプの際に、「今日は、みんなに伝えたいことがあるんだ。実は、僕は今、進行性の筋肉が衰えていく病気と闘っていて、左腕が動かないのもその病気のせいなんだ」と告白。
 一さんは、今まで友達にうそをついていたことが心苦しかったのだという。浩正さんは、「医師から口止めされていたこともあったし、自分だったら内にこもってしまい、人に病気のことなんて話せないと思う」と、息子の勇気ある行動に驚いた。
 また宮坂さん夫妻は、「病名を話したことで、また仲間外れにされないだろうか」と不安になった。一さんは03年の渡米まで、日本でいじめを受けていた。軽い学習障害があったため、周りから仲間外れにされていたのだ。
 渡米後は、違いを受け入れ、個性を尊重する米国社会に救われた。たくさんの友達ができ、「そのままの自分でいい」と思える環境の中、生き生きとしていた。そして、病名を知ったユースの仲間も、一さんを全面的に支援。一さんが教会の会員約300人の前で話をする決意をした時も、ステージに立つ一さんの後ろでユースの仲間が支えていてくれた。
 一さんは終始笑顔で、病名、病状を自分の言葉で説明し、「自分のペースで病気と闘っていくので、見守ってください」とスピーチした。わが子のその立派な姿、また多くの人の優しさに触れ、「一は愛されている」と、宮坂さんは涙が止まらなかった。
 
息子に支えられる
 
 2月に入ると、食べ物を飲み込む力が極度に弱まった。食事を詰まらせたり、誤って肺に水分などが入ってしまう危険性も増えたため、3月に流動食のための胃ろうカテーテル装着手術が施された。
 術後、初めて見せる一さんの苦しそうな顔に、浩正さんは、「病気の宣告から今まで、一はずっと笑顔で家族と接してくれた。でも本当はとっても辛いのかもしれない」。一さんが今まで、家族のためにどれだけ頑張ってくれていたのかと思い、胸が痛んだ。
 胃に装着されたチューブから食事を摂るようになった今でも、一さんは「お母さん、今日の晩ご飯はなあに?」と聞く。まだ食事ができていた時、「ロールキャベツが食べたい」と言った一さん。最後に食べさせてあげられなかったことが、今でも秀枝さんの心に残っている。
 自暴自爆になっても不思議ではないこの状況の中で、一さんは一度も文句を言ったり、投げやりになったことはない。秀枝さんは、「息子のこの前向きな姿勢が一体どこからくるのか、私たちにも分からない。本来親である私たちがもっとしっかりしなければならないのに、息子に支えてもらっている毎日だと感じる」と感謝する。
 一さんには、お兄ちゃん思いの弟良くん(13)と妹幸ちゃん(7)がいる。良くんは、一さんの支えになっている。幸ちゃんは昨年11月の誕生日に、「お兄ちゃんの病気が治るならプレゼントは何もいらない」と言った。
 1カ月前、「何をしている時が一番楽しい?」と聞くと、一さんはゆっくりと、動きが鈍くなった舌を懸命に使い、笑顔で答えた。「家族みんなで一緒にいる時だよ」
 
もう一度日本へ
 
 昨年10月の診断から半年が過ぎた。一さんの体重は当時から10キロ減。機能していた右腕もかなり力が入らなくなっている。首の筋肉も弱くなってきた。ここ1カ月で会話はほとんど聞き取れなくなった。
 「病気の進行があまりにも早すぎる」。まだ家族でやりたいこと、やり残したことが山ほどある。「進行を食い止めることができたら…」
 体が完全に動かなくなってしまう前に、家族5人で大好きな日本へ。それが、一さんの今の夢だ。「日本に行ったら、埼玉の大好きなおばあちゃんに会って、お台場にある船の科学館に行きたい」。
時間はあまりない。 
【取材=中村良子】
 
宮坂一さんの夢実現へ:ミルヘイザーさんが日本行きを贈呈(2011年5月18日) 

宮坂一さん:大好きな祖母と再会、症状進行し、日本行き叶わず(2011年9月24日)
 
 
 
募金の呼びかけ
 
 一さんの医療費や介護費支援のための募金は、チェックの宛先を「Hiromasa Miyasaka」とし、宮坂浩正さんまで郵送。
 Hiromasa Miyasaka
 1107 Fair Oaks Ave. #160
 South Pasadena, CA
 91030-3311
 一さんの様子はブログで—
 http://ameblo.jp/zap788
 

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2 Comments

  1. michiko sakai on

    羅府新報で記事を読みました
    連絡方法が分からないので 今日そちらに手紙を出しました
    難病に対して お役に立てられるかもしれない免疫治療の病院を知っています。
    そして 他の病気ですが 私はその病院に行って来ている者です
    もし 興味が有りましたら 夜にでも電話下さい
    (H) 310-541-8478 酒井美智子

  2. Comment Comment i too have ALS, for 5 years now. i would be very proud to be a “pen pal” with Hajime. I have been through everything he is going through. By coincidence i only live a couple of miles away! luck and courage Hajime,you have both!

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