被災した子供の支援

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 東日本大震災後、初めて迎えた子供の日。本来であれば多くの子供が家族と楽しい休日を過ごすはずだったのに、震災によってすべてが一変してしまった。
 自衛隊、警察・消防関係者、医療関係者等は地震発生直後から黙々と救助、復旧活動をしているが、地震発生の5日後に現地入りしたある看護師が、一週間の滞在中に見て、感じたありのままを記録としてまとめたブログが大きな反響を呼んでいる。
 東京で看護師として勤務している彼女は、被害の深刻な岩手県陸前高田に救助活動チームの一員として派遣されることになった。空路被災地へ向かう途中、眼下に広がる惨状を見るにつけ、「まるで水に浸かった焼け野原」そして、降り立った途端、がれきの山と廃墟に立ちすくむ。自衛隊員ががれきや木材を動かすと必ず泥だらけの遺体が出てきて、「地獄のようだ」報道されない現実を目の当たりにする。すきま風が吹く体育館の入り口近くで、寒さで凍えても、頭が冴えて睡眠は2―3時間しか取れない。過酷な現実に毛布の中で泣きながら朝を迎える。
 そんなある日、一人の女の子が彼女の毛布にもぐりこんできた。名前は瑠奈ちゃん6歳。他愛もない話をしていると「サンタさん、瑠奈のおうち無くなったけどわかるかなあ」という。
 看護師の彼女が「瑠奈ちゃんはプレゼント何がいい?」と聞くと「おうちとママ」と答えた。後日、瑠奈ちゃんのお母さんは彼女のお気に入りの人形と絵本の入ったリュックサックを抱えながらがれきの下で亡くなっていたのが発見された。この看護師のブログへの書き込みのひとつに「瑠奈ちゃんのお母さんが、看護師さんを通してルナちゃんを抱きしめたんでしょう」とあった。
 瑠奈ちゃんと同じ境遇の子供はたくさんいる。5日付の毎日新聞によると、両親を亡くした、または行方不明の高校生までの子供は132人。両親のどちらかを亡くした子供は大幅に増えるという。
 こうした子供たちへの経済的、精神的なケアを含めた手厚い支援は、民間、行政が連携して、長期的に続けることが大切だ。【下井庸子】

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