長谷川、アカサキ両氏が講演:「野球での成功」伝える

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子どもたちに向け、優しく語りかける長谷川氏

 オリックスで6年、渡米後の9年をエンゼルスとマリナーズでプレーした元投手で野球解説者の長谷川滋利氏と、ドジャースのトラベリング・セクレタリーを務める日系4世のスコット・アカサキ氏が23日、小東京のタテウチ・デモクラシー・フォーラムで「野球界での成功の仕方」と題した講演会を行った。全米日系人博物館に招かれた両者は、参加者約110人を前に、目標に向かって努力し成功を収めるまでのそれぞれの道のりを紹介した。
 長谷川氏は英語で講演し、自身の体験を織り交ぜながら、主に子どもに向けた分かりやすい内容の話を進めた。時には得意のジョークで会場を沸かせ、野球選手が志望という「未来のメジャーリーガー」たちに優しく語りかけ、熱いメッセージを送った。
 「僕は、(身長が2メートル近い)ロイ・ハラデー、アルバート・プホルス、ランディー・ジョンソン(元投手で身長2メートル8センチ)のように背が高くない。

長谷川氏は「目標を立てて、頑張ってほしい」とアドバイスした

でも、その細身の僕がメジャーでやってこられたのは、『プロで投げ続ける』という目標を立てて実行してきたから」
 「医者、野球、サッカー選手、なんでもいい。まず何になりたいのか人生のゴールを考える。そして自分自身の目標を立て、それを書き留める。日記を付けるのもいい」とアドバイス。「ただ野球選手になりたい」というゴールだけでは不十分であるとし、「『(大好きな)このチームに入って、大きな家に住んで、ポルシェやフェラーリみたいなすてきな車に乗る』といった明確な目標を設定すればもっとよくなる」と促し、子どもたちのモチベーションを高めた。
 アマチュア時代は、肩の故障に見舞われるなどし好不調の波が激しかったという。だが「諦めなかった。諦めないことが最も大事なこと」と強調。「目標に向かって進み『僕にはできない』ではなく、『どうやったらできるのか』を頭を使って、考え続けてほしい」と力を込めた。
 48歳で現役を続行する元同僚のジェイミー・モイヤー投手(昨年度は9勝9敗)やイチロー、球界最高年俸のA・ロッドを好例に挙げ、「野球選手はお金のためだけにプレーしてるのではなく、彼らは野球が好きで楽しんでいる。将来、何になってもその仕事を愛してほしい」とエールを送った。
 目標設定の重要性は、大人にも当てはまるとし、自身は現役を退いてからも目標を持ち続けているという。現在のそれは、レストランで食事をしながら野球観戦できる(少年)野球場を持つこと。「そこでアンドレ・イーシア選手(ドジャース)がオフに練習してくれれば、なおいい」と夢を膨らませる。
 英語が堪能で、古巣エンゼルスから臨時コーチなどを依頼されるというが、家族との生活を大切にしたいので、断っている。現役時代から独学する経済、株の知識を生かし、現在は不動産投資とプロ並みのゴルフを楽しむ。14歳の息子洸斗(こうと)くん

日本での実体験などを紹介するドジャースのアカサキ氏

の成長を楽しみにし、野球選手かプロゴルファーになってほしいと願っている。
 モントレーパークで生まれ、野球少年として育ったアカサキ氏。「野球はとても楽しむことができた。でもチームで一番下手だった」(アカサキ氏)だけに、憧れのドジャース「入団」は、選手ではなく球団職員として果たした。
 大学を卒業した1998年当時は、野茂英雄、長谷川、伊良部秀輝、マック鈴木の4投手がメジャーで活躍。「より多くの日本選手がメジャーに来ると思った」ので、日本の野球を本格的に学ぶために日本へ渡った。リサーチを続けたイチローや松井秀喜などのプロのみならず、高校(甲子園大会)、大学各レベルの試合も視察し全国を回った。そして、当初の見通し通り日本選手が海を渡り、日本野球の知識と日本選手の豊富な情報量が認められ、ドジャースに晴れて採用された。
 2002年には、再入団した野茂と、石井一久の通訳を務め、その後も木田優夫、中村紀洋を世話し、08年のナ・リーグ優勝では斎藤隆(現ブルワーズ)、黒田博樹とともに美酒に酔った。
 講演では、日本選手と接して、日米の文化的な違いを学んだことやある選手の逸話も「こっそり」と披露。尊敬するトーリ前監督を筆頭にさまざまな選手、スタッフと仕事をしたことを誇る。キャリアアップは、日本での「修業」が礎となっているとし、現在は遠征先での準備や次の目的地への移動に必要な手続きを行う裏方としてチームを支えている。【永田潤、写真も】

講演後にサイン会が開かれ、長谷川氏(右)は少年たちのリクエストに応えてペンを走らせた


講演後の懇親会。左から全米日系人博物館のクリス・コマイ、アカサキ、長谷川、羅府新報社長のマイケル・コマイの各氏

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