鹿児島県人会ピクニック:「ふるさと」を満喫、創立115周年へ準備

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青空の下、懐かしい鹿児島おはら節を踊る会員ら


盛り上がったゲートボール競技


 1899年発足の南加鹿児島県人会(西屋国弘会長)は24日、ブエナパークのジョージベリス公園で、婦人会、青壮年部、ヘリテージクラブとともに恒例の合同ピクニックを催した。懐かしいおはら節が流れ、鹿児島弁が飛び交う会場には老若男女が集まり、ひとときの遠く離れた「ふるさと」を満喫した。
 2009年に創立110周年を迎えた同会は、南加最古の県人会。西屋会長は、同会が112年間にわたり力強く続く理由を「昔から鹿児島県民は海外に目を向けていたこともあり、海外で活躍する同郷人は多い」と述べ、「皆、故郷を思う気持ち、鹿児島県民としてのプライドが強いのでは」と話した。
 今後、創立115周年記念式典開催に向け話し合いを始める。一部会員からは、「世界に散らばった鹿児島県民を一同に集め、世界大会を開催しよう」との声もあり、これを機に鹿児島県民の絆をさらに深めようとの意見も上がっているという。
 多くの県人会で会員の高齢化や後継者不足が顕著となる中、同会は若者を中心とした「青壮年部」、3世の英語を話す会員を中心とした「ヘリテージクラブ」など、母体となる県人会や婦人会を支える若者の会が充実している。
 ピクニックでは、南加で9店舗を経営する「新撰組グループ」が過去10年以上にわたりバーベキューを担当。「新撰組」の稲幸之助さんは、同郷人として少しでも手伝いがしたいとボランティアを続けているという。

過去10年以上にわたりバーベキューを担当する「新撰組」の稲幸之助さん(左)と藤山和也さん


 この日、ステージでは松豊会による民謡をはじめ、かるかんコーラス、会員によるカラオケなどが行われた。司会はタック・西さん。小東京バンドの司会に始まり、同会ピクニックの司会を務めて今年で50年を迎えた。今では珍しくなった特製ステージは、西さんが25年前に作った力作。中央にある「南加鹿児島県人会」という文字は、故諏訪吉彦元会長が書いたもので、ステージの隅々に会員の心がこもっているという。
 「毎年、ピクニックの2週間ほど前からステージの様子をチェックして、当日は朝8時半から1時間半かけて組み立てている」。かつては、どの県人会も業者を雇いステージを用意していたというが、ステージを持つ県人会も今ではほとんど残っていないと振り返る。
 50年にわたり司会を続けてきた理由を西さんは、「第一に鹿児島への愛着。第二にやっぱり楽しいから」といい、「できる限り続けていきたい」と意欲をみせた。
 西屋会長は今後の展望とし、JETプログラムで鹿児島に赴任しているアメリカ人との交流を考えているという。現在、加州から2人、アリゾナ州から1人がそれぞれ鹿児島県の薩摩川内、大隅、鹿屋の3市で教師として働いており、メールで交流を深めながら、帰国の際には県人会に招待したいと話した。
 また、同会「鹿児島基金」による奨学金授与では、今年は応募者がなかったため見送った。同基金は毎年、秋から大学進学が決まっている高校生を対象に、学業成績、スポーツ、学校内外の活動、日本文化とのかかわりなどを基準に受賞者を選考している。
【中村良子、写真も】

松豊会による民謡がピクニックに花を添えた

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