祭りが終って

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 二世週祭が終わった。その前に終わった七夕祭り。飾りを引き取ってきてから、座ると睡魔が襲ってくる日が数日続いた。新聞、ニュース、世情から遠のいて飾り作りに明け暮れた数カ月。今年は、本当に作った! というくらい常に手を動かしていた。
 人出はどうだったのか、パレードはどうかなど、手伝った飲み物ブースから離れられなかったので、様子は全く分からないが、飲み物の売り上げからみると昨年より人出が多かったのかなと思った。
 音頭で終了した二世週祭。沿道は賑わっていた。音頭だけでなく、浴衣もアメリカ人に浸透してきていると感じた。
 初めて音頭に参加したアジア系アメリカ人に「二世週祭は日本人の祭りなんじゃないの? 日本語もきかれない。日本人も少なくて西洋のお祭りのようだ」と言われた。
 確かに、リトル東京で歴史を刻む祭りのイメージは日本人・日系人の日本祭りなのだろう。もっと「日本」、かつての日本人街を想像して来ると印象が異なるだろう。実際集まってくる人たちはというと、見た目は日本人でなくても、どこか誰かが日本繋がり、興味があるなどの人たちが増えているように思った。
 パレードの日は、トーレンスの日系マーケットで夏祭りを開催しており、両方に行く人は少ないだろうと思う。時々、耳にする「どうして日系社会はまとまらないのだろう?」を考えた。
 祭りが終わってすぐに訪ねたナーシングホームでのこと。いつも、せんべい持参で行っていたが、その一部がスタッフに渡っていたらしく、どこに行ったら買えるかと聞かれた。リトル東京の日系マーケットで買ってきたと答えると、どこにあるかと言うので教えた。こんな風にしてリトル東京にいろんな人種が集まるのかと思った。日本から来た人たちが知らないリトル東京でのイベントに、他の人種が興味を持って集まる。面白いと思う。
 二世週祭、七夕祭りも参加する人が変われば、自ずと様相も変わっていくことだろう。ただ、日本の伝統、日本人が始めたことが、原型を留めないという事態だけは避けてほしいものと願う。【大石克子】

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