難病ALS宮坂一さん:大好きな祖母と再会、症状進行し、日本行き叶わず

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埼玉から会いに来てくれた祖母溝上三知子さんとの再会を喜ぶ一さん


 体を動かすための神経系(運動ニューロン)が変性し、全身の筋肉が動かなくなる進行性の難病、筋萎縮性側索硬化症(ALS、通称ルー・ゲーリック病)と闘うサウスパサデナの宮坂一(はじめ)さんがついに、埼玉県に住む祖母、溝上三知子さんと叔母の羊子さんらと再会を果たした。病気の進行が早すぎ、日本行きは実現できなかったが、一さんの病室には笑顔が溢れ、互いの再会を喜んだ。
 昨年10月のALS診断以来一さんは、日々失われていく体の機能と闘いながら、「体が完全に動かなくなる前に、もう一度家族全員で日本へ行き、大好きなおばあちゃんに会いたい」と願った。彼の思いを伝える記事が5月4日の羅府新報に掲載されると、オレンジ郡でALS支援団体「ALS Guardian Angels」を運営するステュワート・ミルヘイザーさんが宮坂さん一家5人の旅費を負担すると申し出た。また、日系社会からも多くの心温まる支援が寄せられた。
 しかし、病魔は弱まることなく、容赦なく18歳の少年の体をむしばみ続けた。
 5月31日、胸の苦しみを訴えた一さんはERへ運ばれ危険な状態に陥ったが、気管内挿管により一命を取り留めた。しかし医師は、一さんの肺の筋力の衰えを懸念し、気管切開手術を施した。その後、肺に穴が空き空気が漏れてしまう肺気胸が発見され、計5回の手術を乗り越えた。
 医師からは「一さんの肺は気圧の変化に耐えられない。二度と飛行機に乗ることはできない」と宣告され、日本旅行は叶わぬ夢となった。
 ベッドサイドにいる母、秀枝(ほずえ)さんを悲しい目で見つめた一さんは、筋力が弱った手でピストルの形を作り、その手をゆっくりとこめかみに当てた。「死にたい」。口パクで訴えた。
 「息子の苦しみ、心の痛み、悲しみ、死にたいと思う気持ち、すべて理解できるから、何も言えなかった。ただ悲しくて、悲しくて、涙があふれ出るだけでした」。母親として何もできない自分を責める日々が続いた。

器用に足の親指を使ってパソコンを操作する一さん


 そんな一さんに変化が見えたのは夏。病院通いで構ってあげられなかった次男良くんと長女幸ちゃんの心情を心配し、秀枝さんは2人を連れて2週間日本へ帰国。母と離れたころから、一さんに自立心が生まれたという。
 父親の浩正さんと病室に2人きりだった6月13日、一さんは震える右手で何やらタイプし始めた。画面をのぞき込むと、そこには「お誕生日おめでとう」の文字。その日は、浩正さんの40歳の誕生日だった。息子の優しさに、浩正さんは涙した。
 症状はその間も容赦なく進み、現在は両腕の機能も失われ、頭を支えることも、自力で歩くこともできない。しかし一さんは、まだ動く両足で器用にアイパッドのキーボードをタイプしてコミュニケーションを図り始めた。
 
生きている実感湧く
元気の源は皆からの応援
 
 日本から祖母と叔母が来ると知ってから、一さんは毎日カレンダーを見つめた。今月13日、「はっちゃん、どうしたー?」。カーテンの向こうに大好きな祖母と叔母さん、そしていとこの勇太くん(2)の明るい声が聞こえた。足をばたつかせ、満面の笑みを浮かべる一さんを見た溝上さんの目からは、大粒の涙がこぼれた。

オレンジにあるリハビリセンターで。右から一さん、叔母の羊子さん、祖母の溝上さん、一さんの母、秀枝さん


 「前回会った時と全く同じ笑顔を見せてくれた。最悪を想像していたので安心した。会えて良かった」。叔母の羊子さんは、「この病気のことは理解している。でも、はっちゃんの笑顔を見るたびに、奇跡が起きるかもしれないと思わせてくれる」。2人はまた、毎日明るく振る舞う秀枝さんをいたわった。「はっちゃんも大変だけれど、看病している人はもっと大変。できることはしたい」と、溢れる涙をぬぐった。
 「彼らが来てくれてとっても嬉しい」。一さんは、右足の親指でタイプ。アイパッドだけでなく、目の動きでタイプが可能な装置「tobii」も使いこなせるようになった。また器用に両足の指でゲーム機のリモコンを操作、弟の良くんとよくゲームで対戦しているという。
 629人のフレンズが登録されている一さんのフェイスブックからは、チャットのリクエストが続々とやってくる。「Hey Hajime! How are you?」「I’m doing well」「今日も足の親指でタイプしているのかい?」「そうだよ」。友達とのコミュニケーションが可能になったことで、「生きている実感が湧いた」と話す。
 次の目標は自宅で一家5人の生活を始めること。一さんの介護に合わせ、2階から1階の部屋に引っ越した。しかし、1日最低200ドルはかかるという介護費をどう工面するか悩みは尽きない。ソーシャルワーカーの勧めで「Medi-Cal」を申請したが、2003年に渡米した宮坂さんは、「一さんが18歳になるまでに米国内で最低10年間の就業が必要」という条件を満たしておらず、申請は却下。現在入院しているオレンジ郡のリハビリセンターは来月退院しなければならず、最善策を模索している。
 宮坂家には、羅府新報の読者から多くの心温まる手紙や支援が届いているという。秀枝さんは1枚1枚一さんに読み聞かせている。一さんは、「僕の元気の源は皆からの応援」と話し、「支援ありがとう」と足の親指でタイプ、感謝の気持ちを表わした。
【中村良子、写真も】

 
募金の呼びかけ
 
 一さんの医療費や介護費支援の募金は、チェックの宛先を「Hiromasa Miyasaka」とし、次の住所まで郵送。
 1107 Fair Oaks Ave. #160

 South Pasadena, CA

 91030-3311

 一さんの様子はブログで―

 http://ameblo.jp/zap788

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