「破顔一笑」

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 ロサンゼルス・ドジャースの実況放送アナウンサー、ヴィン・スカリー氏が2012年のシーズンも、あの名調子をファンに聞かせてくれることになった。
 日本から訪ねてきた兄とデスバレー〜レイクタホ〜リノ〜ソルトレイクシティー〜デンバー〜アーチズ国立公園〜モニュメントバレーなどを回る3600マイルのドライヴ旅行を楽しんだ。そのモニュメントバレーでの話だ。
 自分の車で谷に下り、下から見上げる角度で景観を楽しむことにした。途中では、おなじ方向に進む旅行者たちと、いくつかのヴューポイントで何度か顔を合わせることになった。その中に、30代の半ばと見られる一人旅の男性がいた。この男性は、何度か行き会っているのに笑顔を見せない。何か訳ありの旅なのかもしれない。
 ある場所で偶然に、この旅人とほとんど接するような位置取りになっときに、声をかける気になった。知らん振り、気づかぬ振りを続けるのがかえって不自然に思えたからだ。
 「どちらからですか?」「カナダのモントリオールから」。
 見かけどおりに、ぶっきらぼうな答えだった。
 モントリオールにエキスポスいうチームがあったころ、スカリー氏が「イッツ・タイム・フォー・ドジャー・ベイスボール!きょうは(カタカナで表記するのは難しいのですが)モンレアーからお伝えします」という具合に実況放送を始めていたのを瞬間的に思い出した。モンレアーというのはフランス語ふうの発音だ。スカリー氏がそう発音していたのは、モントリオールの人口の三分の二ほどがフランス系で、彼らが旧母国語をいまでもすごく大事に思っていることを熟知していたからだ。
 「ああ、モンレアーから!」。スカリー氏の口まねは功を奏した。破顔一笑!男性の顔に急に大きな笑顔が浮かんだのだ。スカリー氏のおかげで、一瞬のことだったとはいえ、国際親善大使にでもなったような、晴れやかな気分を味わうことができた。【江口 敦】

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