オーロラ・コンサート:南こうせつ熱唱、団塊世代を激励―復興支援、被災地にエール

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オーロラ・ベネフィットコンサートで、全15曲を熱唱した南こうせつ

 フォークシンガーの南こうせつが2日夜、トーレンスのエルカミノ・カレッジで開かれた「オーロラ日本語奨学金基金」(阿岸明子代表)主催の第13回ベネフィットコンサートに出演した。名曲「神田川」など15曲を熱唱、南の歌に励まされ青春時代を送った団塊世代など1000人を超える観衆を激励した。東日本大震災の復興支援を兼ねた公演を大いに盛り上げ、被災地へエールを送った。
 主催者から「日本語と日本という国をアメリカの人たちに理解してもらうために歌ってほしい」と出演を依頼された。「私の音楽でお役に立てれば」と快諾し「馳せ参じた」という。

「愛よ急げ」の大合唱で、両手で輪を作って地球を表現する参加者

 ロサンゼルスは、「西海岸の音楽に大きな影響を受けた」という1970年代に初めて訪れ、思い出がいっぱいに詰まった町だ。公演を心待ちにしていたが、東日本大震災が起こり「一時は、どうなることかと思った」
被災地各所を慰問し「言葉が出なかった」「あまりにも甚大な被害。3、5、10年の長期で支援が必要で、粘り強く被災者に思いを寄せてほしい」と願う。「被災者の心は疲弊している」と力を込め、金銭や物質的な支援だけでは不十分だと主張。「歌を聴くと元気が出る」の信念を貫き「勇気が出る歌を歌い、心の安らぎと勇気を与えたい。少しでも役に立ち、夢を発信できたら」と、慰問公演を継続する意志を示す。
 「僕の歌は暗い歌が多い」と話す一方で、今公演では復興を祈願して明るい選曲に努めたという。新曲「愛よ急げ」は作詞家、阿久悠の遺作。震災前に書かれたにもかかわらず、「愛を届けよう…」などと被災者を励ますかのように綴られており、遺族から託された南が曲をつけ、応援歌風に仕上げた。LAでも参加者に簡単な振り付けをし、海を隔てた被災地へ思いを馳せながら大合唱。心を一つにした。
 また、「グラミー賞を一緒にとる」と誓った仲で、今は亡きジョン・デンバーさんとの絆を確かめた。デュエットした頃を思い浮かべながら「岩を砕く花のように」を日英両語で歌い、天国の盟友に捧げた。
最後の曲は「これしか残ってないでしょう。『神田川』です」。公演開始前には、進藤雄介・総領事代理があいさつで「神田川沿いに住んでいました」と言っただけで、どっと沸いた会場。「待ってました」と、ばかりに拍手が沸き起こった。

歌いながらファンとの合唱を指揮する南こうせつ

 「この曲は、70、80、90歳になっても歌い続けたい」と宣言。かっこよく決めたものの「みなさんが寝たきりになっても歌いたい。だからボケないで下さい」と、得意のジョークで笑いを誘いながら歌に入った。
 静寂の中、寂しげに奏でるバイオリンの音色が響き渡り「あなたは、もう〜、忘れたかしら…」。切ない思いを語りかけるように感情を込めゆっくりと歌う。還暦を過ぎた多くの聴衆は、歌詞にもある「若かったあの頃」を懐かしんだことだろう。冒頭でのあいさつで南の歌について話した進藤総領事代行。「日本の風景、情緒を描いている。経済的には貧しかったけれど、ひた向きに頑張ったことを思い出させる」と批評。すべての参加者を代弁しているようだった。
 ヒット曲の「妹」、「赤ちょうちん」、「うちのお父さん」なども披露し、アンコールに応えて3曲歌唱。スタンディングオベーションを浴びながら鳴り響いた大喝采に、両手を大きく広げて何度もお辞儀し有終の美を飾った。
 「東北へ元気を送りたい」と、特別の思いを胸に臨んだ8年ぶりのLA公演。全力で歌い上げ「久しぶりで、いいノリの中で明るく歌うことができた」と達成感に浸った。「何千回、何万回歌っている」という神田川をしんみりと聴かせるなど「日本人の持っている感情や忍耐強さを共有し、お客さんとコラボレーションができた」と述べ、成功を誇った。自身と同じ還暦を過ぎたファンに向け「60を過ぎても昔と違ってみんな若い。培ったノウハウで社会に貢献してもらいたい。それが、60代、70代の使命」と励ました。
 オーロラ基金の奨学生は12年間で44人を数えた。阿岸代表は、日本語教育者の支援・育成の重要性を説きながら「100人を目標に頑張りたい」と意気込み「みなさんの協力だけが頼り」と理解を求めた。
 オーロラ奨学基金に関しては、電話323・882・6545。
[email protected]
【永田潤、写真も】

南こうせつ(右端)は、基金集めの晩餐会にも参加し、奨学金受賞者に歌を贈り前途を祝した。同授与式で、左から阿岸代表、アニー・チャンさん(日本語教師)、シンヨン・キムさん(日本語弁論大会優勝者)、ケビン・ワイロビーさん(三味線奏者でチャレンジグラント受賞者)

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