手伝い帰省

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 再度日本に来ている。母の誕生日を祝い、日頃両親の手助けをしてくれている妹夫婦に少しでも骨休みしてもらおうと、福岡の実家に2週間近く滞在した。
 89歳を迎えた母は、認知症の進んだ93歳の父との二人暮らし。
 温和な性格で、かつて人に手を挙げたことも暴言を吐いたことも無かった父だが、病気の進行と共に性質が変わった。気に入らないことがあると、今では突然、手が出る。大きな声で怒鳴る。自制心などは、消し飛んでしまった様子。週4日通うデイケアでも暴れん坊ぶりを発揮しているようで、気がかりだ。
 母は心臓が弱く、近頃はめっきり体力が落ちている。母を心配して医師たちは父を施設に入れることを勧めるが、そのたびに母は、「体力が続く限りは夫の世話をしたい」と答えて来た。父の世話が生き甲斐であり、プライドともなっている。
 そんな母の卒寿の祝いは、祝いの会であり、慰労の会でもある。玄界灘に面した和風旅館に、父抜きで家族が集った。まずゆっくりと風呂を楽しんでもらい、乾杯の後は海の幸での昼食。とはいえ、料理が運ばれてくるたびに「お父さんにも食べさせてあげたい」との一言がこぼれる母のために、持参の容器に少しずつ取り分けもする。その後は自宅で、デイケアから戻った父も一緒になって、バースデーケーキで誕生日を祝った。
 東京に戻ると、名古屋の知人から手紙が届いていた。新幹線で『手伝い帰省』を続けているとのこと。ご両親は85歳と86歳だが、幸いお母さんは、高齢者生涯学習学級メンバーとして演劇の脚本・演出するほどにお元気のご様子。活躍を報じる新聞記事も同封されていた。
 仙台から埼玉の実家に通っていた友人、同様に神奈川から広島に通っていた友人を思い出す。日頃両親の手伝いをしてくれる福岡在の妹は、毎月1週間は神戸の義母のもとへの『手伝い帰省』をもこなしている。
 還暦前後は、『手伝い帰省』の世代でもあるようなのだ。【楠瀬明子】

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