義理を欠く努力

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 人生には誕生日だとか何周年だとか新年だとか、いろいろな節目がある。そして自分たちが作った節目を迎える度に、志を新たにし、新しい計画を立て、健気に反省もして、少しずつずれの出る人生の軌道修正をする。つまり人間はあまりはめを外さないために折々の節目を設けるらしい。
 一年の節目はもちろん元旦であり、年の瀬にはすがすがしく元旦を迎えるために大掃除をし、借金は清算し、貸しのある人はしっかり取り立てて帳尻をゼロにし、仲たがいをしているならもちろん誤解を解いて仲直りをすればよい。お世話になった人にはきちんとお礼もしておくべきだろう。
 国籍に関係なくわれわれは年の変わる一瞬のために、すべて滞りのないようにと、イライラ焦り相当のエネルギーを消費してきたようである。
 ただただ新玉の年を迎えんがために、である。
 ところが最近は歳を重ねるたびに私など横着になり、「ガレージの中が片付いてなかったが、まっ、いいか。○○さんにクリスマスギフトを贈ってなかったけど、年が明けてからでも、まっいいか。」と「まっ、いいか」が増えてくる。そして、慣わしをいい加減にしようが、きちんとしようが、お正月は間違いなくやってくるのである。
 そのことに遅ればせながら気が付いた私は、手抜きの勧めを実践することにした。歳をとってストレスをためないためには「義理を欠くこと」が大切なのだそうだ。あまり人の目を気にせず、人様に迷惑をかけないために必死になってスケジュールをこなそうなどという馬鹿げた心構えは捨てるつもりである。
 しかし義理を欠くことも見栄っ張りの私にはそう簡単ではないが、あまり多くを期待せず、今年こその意気込みも捨てて、(とにかく老躯第一ですから)節目に縛られず手抜きをして、せいぜい義理を欠く努力をする、つもりです。
 新年早々、不届きで申し訳ありませんが、このコラムの締め切りだけは手抜きをするつもりはありませんので、今年もよろしくお願いいたします。【川口加代子】

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