障害者の自立を支援:UCLAエクステンション「パスウェイ」、自尊心高まり、将来に意欲

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UCLAエクステンション「パスウェイ」に通う学生たち=UCLAキャンパスで

 
 UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)のエクステンションに、自閉症やダウン症などといった知的、発育障害のある若者に学習の場を提供し、就職の機会や自立を支援する2年間の修了プログラム、「パスウェイ(Pathway)」がある。2011年秋学期現在、43人の障害を持つ学生が在籍、それぞれの目標を達成するため学習に励み、名門UCLAファミリーの一員として、大学生活を満喫している。
【取材・写真=中村良子】

 

ウエストウッドのアパートで夕食を作るエレナ・アッシュモアさん

 UCLAキャンパスからほど近いウエストウッドにあるアパートの一室で、学生が夕食の準備をしている。「今日のメニューは、チキンのフライとマッシュポテト。これから夜のクラスがあるから、今日はいつもより早めに作っているの」
 彼女の名前は、エレナ・アッシュモアさん。2年前から、3人のルームメイトと部屋をシェアしながら、パスウェイに通っている。
 「ここはとても居心地がよくて、生活しやすいの。友達もたくさんできたし、料理や洗濯、健康管理やお金の管理の仕方も教えてもらった。学校もとても楽しいわ」。ダウン症のアッシュモアさんは、親元を離れてパスウェイに通い始め、自立できていると感じているという。
 2011年秋学期現在、パスウェイにはエレナさんを含め、43人が在籍している。そのほとんどが、アパートでルームメイトと生活しており、自立への一歩を踏み出している。
 学生たちの日常生活を支援するのは、クリエイティブ・サポート(CS)と呼ばれる障害者にかかわる特殊資格を持つ指導員たちで、銀行や食料品の買い出しなどに付き添い、料理や掃除、洗濯の仕方などを指導する。また、アパート内には住み込みのレジデンシャル・アドバイザー(RA)がおり、学生たちが安全に生活できるよう支援している。
 
マーケッティさん:
「障害があるから無理」
そう言ってくる人もいた

 

チェルシー・マーケッティさん(左)と、タイラー・ビーチさん

 「自立して生活する方法を学びたかったから、パスウェイに入学したの。だって、この先ずっと母親がいてくれるわけじゃないでしょ?」。そう話すのは、アッシュモアさんのルームメイト、チェルシー・マーケッティさん。彼女は、社会性やコミュニケーションに特異性が認められるアスペルガー症候群と診断されている。
 新聞に掲載されたパスウェイの記事を見つけ、見学、書類審査、面接を経て入学が決まったマーケッティさん。2万ドルの奨学金を受けたが、授業料、家賃、食事、教科書代などすべてを含め年約6万ドルと高額なことから、費用を用意し、入学できたのは2年後だった。
 「パスウェイに入る時、『あなたには障害があるからできないわよ』って言う人もいた。だから、ここまでできた自分をとても誇りに思う。パスウェイに入って自立できただけでなく、自分自身のことをより理解できるようになった。それと、一番苦手だった人との付きあい方も学べて、たくさん友達ができたわ」
 居心地がよく、「卒業したくない」というマーケッティさんは今年、就職に向け準備を始める。「まだインターンシップの場所は決まってないけど、動物が好きだから、動物病院とかで働けたらいいなと思っているの」
 
ビーチさん:
生涯の友を得る
将来はレストラン事業に

 

パソコンにダウンロードした写真を見ながら学校生活を振り返るチェルシー・マーケッティさん(左)と、タイラー・ビーチさん


 2010年にパスウェイを卒業したタイラー・ビーチさんは、引き続きエクステンションでクラスを取りながら、CSの1人として働いている。仕事内容は、パスウェイの新入生をキャンパスに案内したり、アパートで必要な時に世話をするなどで、「人を助けることは、自分磨きに役立つ」と、仕事にやりがいを感じている。
 「私は子供のころからUCLAのファンで、ずっとこのキャンパスで勉強したいと思っていた。でも私には学習障害があるから、人からそれは無理だと言われたの。とても傷ついたわ。でも、パスウェイの存在を知って、ここなら、私もブルーインズの仲間になれると思った」
 ビーチさんは、パスウェイで生涯の友を得たといい、現在は卒業生2人とウエストウッドのアパートで生活している。「前の私はとてもシャイで、自分の意見を人に言えなかった。でもパスウェイに通い始めて変わった。自尊心が高まったの。助けが必要な時は『助けてくれますか』と言えるようになったわ」
 CSとしての仕事の他に、父親がウエストロサンゼルスで経営するレストランでアルバイトもする。「レストランのメールやフェイスブックなど、ソーシャルネットワーキングを手伝っているの」。将来は、本格的にレストラン事業に取り組み、父親の店を継ぎたいという。ビーチさんはその夢に向け、今年も勉学に励む予定だ。
 
アッシュモアさん:
学校生活の楽しさ学ぶ
就職に向けインターンも

 

パスウェイで学校生活を楽しむエレナ・アッシュモアさん


 今年パスウェイを卒業するアッシュモアさんは、「友達と離れ離れになりたくない」と、ビーチさんのように、卒業後もウエストウッドに残ることを考えている。
 パスウェイでの2年間を通じ、学ぶことで視野が広がる素晴らしさ、学校生活の楽しさなどを知ったアッシュモアさんは、コンピューターについてももっと学びたいといい、現在次に履修するクラスを選んでいる。今月からは、子供向けのダンスクラスでインストラクターのアシスタントとして、インターンシップも予定している。
 「将来のことはまだ分からないけど、ウエストウッドのアパートで友達とルームシェアをして、仕事を見つけたい。結婚はしないと思うけど、ボーイフレンドはほしいわ。そして、彼と一緒に子供をアダプトできたらいいかな」
 
アッシュモア夫妻:
「娘を誇りに思う」
自立し責任感芽生える

 
 「学校に慣れるのは大変だったが、娘はこの2年間で『自由』と『自立』を手にし、多くのことに対して努力するようになった。そんな娘をとても誇りに思う」―。
 パスウェイに在籍するエレナ・アッシュモアさんの両親、スティーブン、広美さん夫妻は、エレナさんの誕生から今までの道のりを振り返ってくれた。
 エレナさんがダウン症であると分かったのは、出産から約1カ月が経ってからのことだった。当時日本に住んでいた夫妻は、「生まれたわが子を見た時、少し目がつり上がっているなと思ったけれど、ミックスの子供だったのでそういうものかとあまり気にしていませんでした」。
 しかし、1カ月が過ぎても授乳がうまく行かず、トレーニングクラスに通い始めると、「検査はしましたか?」と助産婦から聞かれた。瞬時に、ダウン症のことだと分かったという。
 広美さんの父親は産婦人科医で、広美さん自身も看護大学に通っていたため、知識はあった。しかし、30歳での出産であったことから羊水検査は受けておらず、「助産婦に指摘され、点と点がつながった」という。
 ダウン症の検査には、約2カ月を要した。結果が出るまでの間、何のサービスも受けることができず、2人は「この時期が一番辛かった」と振り返る。広美さんは、十中八九そうであると確信し、絶望感からエレナさんと命を絶とうと、住んでいたマンションの5階から飛び降りることを何度も考えた。
 検査の結果はダウン症。広美さんの両親からは、「大丈夫。一緒に育てよう」といった精神的サポートはなかった。「今から思えば、両親は大正時代の古い考えの持ち主だったし、世間体も気にしていたのだと思う」。オーストラリア出身のスティーブンさんは、自国に比べ、日本にはダウン症に関する情報が非常に少なく、また、障害児を育てる親の支援制度がほとんどないことに驚いたという。
 広美さんは、「こんな家庭にしたい」という夢と現実の違いにショックを受け、「普通に生きられないのなら、死んだ方がまし」と涙した。そんな広美さんを見たスティーブンさんは、「エレナを育てるのがそんなに大変なら、自分がオーストラリアに連れて帰って育てるよ。広美を自由にしてあげる」。そう、優しい口調で語りかけた。
 その間、シドニーに住むスティーブンさんの母親や姉からは、「私たちにできることはないか」と電話はもちろん、ダウン症や早期療法に関する最新資料を送ってくれるなど、精神的に支えられた。広美さんは、「彼らとなら、一緒に育てていける」と思えるようになった。
 
障害者を受け入れる社会
 

エレナ・アッシュモアさんの父スティーブンさんと、母広美さん


 エレナさんが7カ月になった時、仕事のあるスティーブンさんを1人日本に残し、広美さんはエレナさんと2人でシドニーに渡った。現地では、スティーブンさんの母親と姉から全面的サポートを受けながら、エレナさんを早期療法に通わせ、スピーチ療法や理学療法、作業療法などを受けさせた。
 「オーストラリアは、社会全体で障害者を受け入れてくれているようだった」。そう感じた広美さんは、世間体を気にする必要も、家族の顔色を気にする必要もない環境の中でのびのびと生活ができた。そして、日本にいた時には絶対に言えなかった「エレナはダウン症なんです」という自己紹介が自然とできるようになり、「そのままのエレナでいい」と、障害のある娘を受け入れられるようになっていった。
 その後アッシュモアさん一家は、スティーブンさんの転勤に合わせロサンゼルスへ移住。エレナさんには、ダウン症児に多く見られる心臓疾患がなく、シドニーで受けた早期療法のおかげか、目立った言語障害もないことから、障害児プログラムと並行して、一般の幼稚園にも通うことができた。
 しかし、成長とともに知的レベルで健常児との間に差が生まれ、その後は特殊学級へ。高校卒業後にトランジション・プログラムへ通っていたころ、パスウェイのプログラムを知った。スティーブンさんは、「エレナの将来を考えた時、彼女に必要なプログラムだと思った。彼女が今後成長するためには、家から出て、同年代の仲間と人生を経験しなければならない」と、エレナさんに入学を勧めた。
 最初の数カ月間は、エレナさんにとってチャレンジだった。「家から離れるのが嫌で怒っていたのでしょうか、連絡をしても電話にすら出てくれませんでした」。しかし、友達ができ、学校生活が楽しくなっていくにつれ、今では「卒業したくない」とまで言い始めるようになった。
 パスウェイに通い始めたことにより、「エレナに責任感が芽生えてきたように思う。自分の持ち物の管理ができるようになり、感情のコントロールもうまくなった。周りの学生を見て多くを吸収しているのだと思う」。
 スティーブンさんと広美さんは、今年からインターンシップを始めるエレナさんのことを「とても誇りに思う」と声をそろえる。長い将来まだ不安はあるが、「卒業後は友達とアパートを借りて自立した生活を送り、仕事を見つけて人生を満喫してもらいたい」。そして、「エレナはとても愛情豊かな子なので、いつか、素敵なパートナーを見つけてくれたらいいなと願っています」。
 
「パスウェイ」ディレクター
エリック・レイサムさん:
「分け隔てない教育機会を」

 

パスウェイのディレクター、エリック・レイサムさん


 UCLAエクステンション「パスウェイ」で、2006年からディレクターを務めるエリック・レイサムさんは、「人前でしゃべることも、人前に立つことすらできなかった学生たちが、親元から離れて自立し、学校生活を通じ自尊心を高め、それぞれの夢や目標を実現させていく姿は大変誇らしい。そこに、障害の有無は関係ない」と熱く語る。
 レイサム・ディレクターは、今後同プログラムがさらに充実し、知的障害や発育障害のある学生たちにもより多くの教育機会が与えられることを望む一方で、パスウェイとしての最終ゴールはさらにその先にあると話す。
 「われわれの最終目標は、パスウェイと呼ばれる特別プログラムをなくすこと。障害の有無や程度にかかわらず、『学習したい』という意欲のある人には誰でも教育の機会が与えられるべき」と述べ、障害者と健常者の分け隔てをなくし、障害のある学生にも大学やカレッジでクラスを受講でるようにすることがベストだと述べた。
 その成功例として、K12(幼稚園から12年生まで)で広く活用されているグループワークや視覚効果、テクノロジーを駆使した授業を挙げ、これらを大学やカレッジレベルにも取り込むことで、障害者にもより多くのクラスが受講可能になるとした。
 ほとんどの大学やコミュニティー・カレッジには、障害のある学生にさまざまな支援を提供する部署がある。UCLAにも「OSD」(Office of Students with Disabilities)があり、それぞれのニーズに対応している。レイサム・ディレクターは、「これから15年、20年とかかるかもしれないが、将来、知的障害のある学生たちが、パスウェイの支援なくして直接、UCLAのクラスや大学のさまざまな活動に参加できることが、われわれの目指す道」という。
 
 プログラム概要
 
 パスウェイが提供するのは(1)学問成功力(2)健康と栄養学(3)人間関係とセクシャリティ(4)キャリア・ディベロップメント(5)資金管理(6)時間管理と組織能力(7)ポートフォリオ作成(8)クリティカル・シンキング―の8クラス。修了証書を取得するために学生はこの他、UCLAエクステンションやUCLAレクリエーションなどから選択科目を受講する必要があり、2年目には就職準備としてインターンシップもある。
 卒業生のうち75%は(2011年12月現在)、ルームメイトなどと一緒にアパートに住み、仕事をしているか、引き続き大学でクラスを履修しているという。
 パスウェイに関するその他詳細は、UCLAエクステンションのホームページで―
 www.uclaextension.edu/pathway

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