変わる「戦争」の意味

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 高度経済成長期後の、平和な時代に生まれ育った私にとって「戦争」とは教科書で学んだ「過去のこと」で、子供ながらになぜか「二度と起こらない」という感覚だった。
 しかし1990年、湾岸戦争が勃発。テレビで流れる空爆の映像に目を疑い、映画のワンシーンに違いないと思ったほど、自分にとって非現実的だった。
 東海岸の大学に留学した99年、マケドニア出身の留学生に「なぜアメリカに留学したの?」と質問すると、彼はこう答えた。「猛勉強して奨学金を得てアメリカに留学するのと、繰り返される内戦で頭に弾丸を受けて死ぬのと、君ならどっちを選ぶ?」
 あまりの衝撃に返事ができなかった。目の前に座る弱冠18歳の学生の口から「戦争」について聞かされるとは思ってもいなかった。彼は、「毎朝、今日も自分の国が正常に機能しているか、他国に侵略されていないかを確認する毎日だったよ」と話した。
 「過去のこと」「二度と起こらないこと」との私の認識が変わった。
 03年、イラク戦争開戦。この戦争で、勉学をともにした大切な友人を失い、戦争が初めてパーソナルなことになった。
 そして先日、すずきじゅんいち監督の映画「MIS」を見た。二世兵士としての心の葛藤、差別、戦地で彼らが見たもの…。そこには、67年前の出来事を昨日のことのように思い出し、涙を流しながら語る元兵士の姿があった。
 「死んだ日本兵の懐から出てきた家族写真を見た時、自分は敵を殺したのではなく、1人の人間を殺したのだと思った」「(祖国)沖縄でやせこけた父を見つけ無言で抱き合った」
 そう語る彼らの目からは、言葉にできないほどの感情が伝わった。そして、経験者の口から出る「戦争は何の解決にもならない」という重みのある言葉に、67年という歳月が過ぎても、あのすさまじい体験が彼らの脳裏に残っていることを痛いほど感じた。
 映画館を出た時には、授業で習った私の「薄っぺらい」戦争の概念が大きく変わっていた。【中村良子】

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