いじめと自殺

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 「いじめ」(Bully)は今に始まったことではない。古今東西、人間同士接する空間ではつねに存在してきた。
 元々、「Sweetheart」(愛しい人)という意味のオランダ語「Boel」が語源だったらしい。それがいつの間にやら「弱いものいじめ」といった意味合いで使われるようになったという。
 データによると、ここ10年くらいで顕著になってきたのは、インターネット上での「いじめ」が圧倒的に増えたこと。Cyberbullingという新語すら生まれている。
 滋賀県大津市で昨年10月、いじめを受けていた中学2年の男子生徒(当時13歳)が自殺した事件は、その自殺といじめの因果関係について「判断できない」と答えていた教育長が若い男にハンマーで襲われる事件にまで発展している。
 この教育長は、当初、原因究明に消極的。しかも生徒たちを対象にしたアンケートの存在が明るみに出ても、「いじめも自殺の一因だが、(自殺した生徒の)家庭にも要因がある」と答えていたらしい。犯行に及んだ大学生はその対応が許しがたかったと、自供している。
 「正義」の名の下に殺人におよぶ行為は決して許されることではない。が、「いじめ」に対する教育関係者たちの初動の遅さや事なかれ主義にも問題がありそうだ、という意見も出ている。
 「いじめ」はどうしたら防止できるのか。
 クラスで直接教える教師に「いじめ」に関する情報や体験談をインプットさせ、その「兆候」を見抜く能力をつけさせるべきだという専門家もいる。しかし現場の教師が1クラス数十人いる生徒のすべてを掌握することなど不可能だ。
 ロサンゼルス郡統一学区の高校で教えている知人に「現場」の声を聞いてみた。
 「いじめをなくすための学校レベルでのガイダンスなど作れっこないし、出来たとしても教師だけでは実施に移すことなど出来ない。学区の最高責任者や教育委員会が作成すべきだ。それを実施する現場の教師たちをコミュニティーが盛り立ててくれる体制が不可欠だ」
 コミュニティーの先頭に立つのは、家庭であり、親であることはいうまでもない。
【高濱 賛】

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