娘を亡くした早川さん:日本語支援グループ発足へ

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早川さん一家。左から、母親の千穂さん、姉のももこさん、父親の和彦さん、事故で亡くなった舞さん


ドライバーの飲酒運転による交通事故で亡くなった早川舞さん


 同乗していた車のドライバーの飲酒運転による交通事故で愛娘を亡くしたダイヤモンドバー在住の早川和彦、千穂夫妻はこのほど、「少しでも誰かの役に立てれば」と、子を亡くした親のための日本語サポートグループを発足した。早川さんは、「似たような境遇で苦しんでいる人がいたら、自身の経験を踏まえ、さまざまな形で気持ちを分かち合い、助け合っていきたい」としている。
 舞さん(享年22)の事故死から2年。警察当局をはじめ検視局、葬儀社などとのやりとりに始まり、刑事裁判での手続きや自身の心のケアなど、「とにかく何をどうしたらいいのかまったく分からない上、日本との違いにとても戸惑いました」と、早川さんは当時を振り返る。
 2010年8月23日午前2時、シェリフ局から舞さんが交通事故に巻き込まれ亡くなったことを知らされた。舞さんの遺体は検視局に安置されており面会はできないと言われ、まずは葬儀社を見つけるよう指示を受けた。
 「日本の場合なら遺体安置所で面会させてくれるのに、アメリカでは葬儀社に引き渡されるまで面会できないそうで、とても戸惑いました」。家族が舞さんと面会できたのは、それから3日後だった。「始めはアメリカのシステムを知らず、娘に会わせてもらえないことで警察に強い怒りを覚えました」
 舞さんが乗っていた車は、運転手のスピードの出しすぎにより、アナハイムのオレンジフリーウエー(57)とリバーサイドフリーウエー(91)の分岐点付近で道を外れ土手の木に激突。助手席に乗っていた舞さんが即死、運転手と後部座席の女性がケガを負った。後に運転していた男の体内から規定値を超えるアルコールが検出され、男は12月7日に実刑4年を言い渡される予定。
 早川さんは友人の勧めでカウンセリングを受け、交通事故や飲酒運転事故などによる被害者のサポートグループに参加するようになった。サポートグループでは似たような経験をしたもの同士で気持ちを分かち合い、支え合った。しかし、「母国語で気持ちを話し合えたらどんなにいいか」と思い、リトル東京サービスセンターなどさまざまな団体に連絡したが、子を亡くした親のための日本語サポートグループは見つからなかった。

カリフォルニア州立大学フラトン校で開かれた卒業式に参加する早川舞さん


 「子を先に亡くした親の苦しみや痛みは、経験した人でなければ分からないことも多く、励まそうと周りの人が言ってくれたひと言に傷つくことも少なくない。日本語で気持ちを分かち合える場は必要だと思う」と、早川さんは日本語によるサポートグループの立ち上げを決めた。
 「日本の文化背景からなかなか表に話したがらない人も多いかもしれない。でも、私の経験が誰かにとって道しるべになるのであれば、こんなに嬉しいことはない。この2年間が私たちにとってとてつもなく大変だったからこそ、誰かの役に立てることができれば。気がねなく連絡してほしい」と話した。
 早川さんの連絡先は、メールで―
 [email protected]
 亡くなった舞さんはカルバーシティーで生まれ、ダイヤモンドバーで育った。9歳からバイオリンを習い、2009年には、アナハイムのホンダセンターで催されたカントリーミュージシャン、リーバ・マッキンタイアさんのコンサートの前座でソロ演奏を務めた。17歳でアメリカン・フィルム・インスティチュート製作の映画「Tamago」の主役に抜擢。両親がコビナで経営する日本食レストラン「はやかわ」で働きながら、カリフォルニア州立大学フラトン校で演劇監督を専攻。舞台の脚本執筆や演劇活動をするなど活発な学生生活を送り、2010年5月に6人の卒業生の一人として卒業していた。
【取材=中村良子】

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