日本語14 カタカナ語の氾濫

0

 
 独立文化国の中で日本ほど外来語や和製英語が氾濫している国はないと思う。精神構造として誇れないことだ。
 日本で政治家が国民に対しマニフェストとかアジェンダとか盛んに使う。愚かだ。高齢者でも若者でも何の意味か分かっていない人も多いのではないか。仮に人に聞いて意味が分かってもそこになんの意義があろうか。始めから公約、政策と日本語で言えば済むことだ。日本国民に対しなぜ日本語で語らないのか? 外国語を使えば有難みが出て高尚に響くと浅薄に考えるのだろうか。
 パソコン検索で日本の不動産のページへ入り、売り家などの広告を見ていて呆れて溜め息が出た。日本国内で日本人向けに日本語で構成されている広告なのだが、多くの会社がどういう訳か間取りの表示に突然そこに英語を使っているのだ。カタカナどころかアルファベットで書いている会社すらある。日本語表記の社は半分程度だ。
 例を書くとリビング、ベッドルーム、キチン、バス、ダイニング、エントランス等々わざわざ英語だ。なぜ居間、寝室、台所、風呂場、食堂、入り口など日本語を使わないのだろう。他の部分は日本語で構成され日本人相手の広告情報なのに。「日本語はダメだ、英語なら素敵で高級感が出て売れる」とでも考えるのだろうか。
 日本のこういう精神構造は欧米への劣等感から来るのか、古代からの先進外国の文物を崇拝し憧れる民族性か、とにかく情けない気がする。
 別の例で最近日本で住宅のリフォームという言葉がやたらと流行り乱用されている。しかし本来日本語では内容により改築、増築、建て増し、修補、修復、再生、塗装、耐震補強などいろいろに使い分けて来た。リフォーム一本では何を意味するか分からないのに何でもリフォームだけを使うことでこれらの日本語、語彙が死んでいくのだ。
 実は外来語の安易な乱用の害が深刻なのは、それをやっていると右の例のように置き換えられる日本語が死語化し、やがて死滅してしまうことだ。日本人がわざわざ自分で日本語つまり文化を次々消滅させている。使われなくなった表現を若い世代が知らないことで死語となるのだ。日本では年々死語が増えている現実がある。【半田俊夫】

Share.

Leave A Reply