「リトル東京…」

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 リトル東京を訪ねて来る人の中に、かつての「リトル東京」を求めている人がいる。以前、来たことがある日本人や日本人以外の興味を持っている人など。もっと日本語が飛び交っていて、日本文化を学ぶ機会があちこちにあって、日本から直送されたものが買えて、というように考えている人たちに出会うたびに、そうだ! そういう場所だったんだと思わずにいられない。
 日本人、日系人が住める場所ができると思って支援して建てたアパートも、そうではなくなった。高齢になって、住むところがあると思っていたら、簡単に入れなくなっていた。
 日本語で通じるところも狭まってきた。ここはアメリカ、ではあるが、いろいろな事情で日本を出て高齢になったとき、大変な現実に遭遇する。そのよりどころがちょっとずつ変わってきているような印象を持つのは筆者だけだろうか。
 生まれた国を出て、外国で生活をする。そのことは、移り住んだ国の中に入って解けこんでいくことだろうが、母国での習慣や考え方と違う人たちがいるところで、それが容易にできるのだろうか。他の国の出身者を見ても、母国の体質がそのまま受け継がれているから、あの人は○○人だと分かる所以だろう。
 リトル東京は、平日でもたくさんの人で賑わっている。そのことはいいことだと思う。ただ、かつてお年寄りから聞いた賑わいではない。時代の流れで当然といえば当然のことだが、リトル東京の歴史が分からなくなるような気がする。
 いろいろな人種が入ってくることから、犯罪も起こる。その抑止力は、みんなが関心を持つことだろう。盗難に遭っても、係わりあうのは面倒だからと被害届を出さないなどは、「遠山の金さん」や「大岡越前」のように、見逃してもらったから改心してではなく、犯罪の助長につながる気がする。
 リトル東京の歴史や日本について学んだ旅行者から、あれはどこ? 二世週祭はいつ? この碑は? などと聞かれるとうれしい。そういう人たちに応えられるリトル東京たれ、と思わずにいられない。日本に触れられる場所であり続けてほしいものだと思う。【大石克子】

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1 Comment

  1. まずあんな不便なバンカーヒルに移転した領事館を日本人のルーツである小東京に戻す事でしょうね。
    小東京の役人さん なんとかしなければいけませんね。

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