百年の友好

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 4月27日は、駅伝の日です。駅伝とは、数人のランナーが長距離をリレー形式で、たすき渡しをしていくという日本では人気のある陸上競技です。駅伝という言葉自体は、日本書紀にも記載されているほど古い言葉で、首都と地方の間の道路網に置かれた中継所のことを「駅」と言います。この駅に人や馬を配置することで、次の駅まで乗り継ぐ仕組みが整っていました。この制度を「駅制と伝馬制」と呼んでいたことから、駅伝という名称が広がりました。
 1917年の4月27日に京都から上野までの500キロあまりのリレーを「東海道五十三次駅伝競走」と称して開催したことから、この日が駅伝発祥の日となりました。もちろん駅伝は、海外でもEKIDENという名称で競技されています。
 さて日本のマラソンの父と呼ばれた金栗四三さんは、1912年のストックホルムでのオリンピックに日本から参加しました。
 大会当日のストックホルムは記録的な猛暑となり、約半分の競技者が棄権をし、死者もでたほど過酷なものでした。金栗さんも日射病で意識を失い近隣の農家で介抱されました。
 ところが、この途中棄権の意志が大会本部に伝わらず、行方不明との記録になりました。こうしてスウェーデンで金栗さんは、「消えた日本人」としてその名が刻まれました。
 その後、1967年にストックホルムでオリンピック開催55周年の記念イベントが開催され、そこに招かれたのが金栗さんでした。オリンピック委員会は55年前に『失踪』して競技が終了していない金栗さんに、ゴールフィニッシュの瞬間を用意しました。スウェーデンの公共テレビは、55年ぶりの金栗さんのゴールインと、ストックホルムオリンピックが終了したことを世界に伝えました。
 それから45年後に金栗さんのひ孫がストックホルムのマラソンコースを完走し、翌年、ストックホルム五輪で金栗さんを介抱した家族の孫とひ孫が訪日し、金栗さんの墓前に手を合わせました。
 100年間に渡って、たすきでつながれていた両家族の心温まる友好の話は、これからも続いていきます。【朝倉巨瑞】

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