5月の憂い

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 新緑の5月。シアトルは、石楠花が、ライラックが、一斉に花を開いている。月末のメモリアルデー3連休で観光シーズンも本格的に始まる。そんな心浮き立つ5月だが、近頃、全く別の5月もあることを知った。きっかけは、インターネット上に見た「我々チェルケス人はまだ生きてるぞ!」との強烈な主張だった。
 黒海とカスピ海に挟まれた山あいのオスマン帝国北部に住んでいたチェルケス人(Circassians)は、オスマン帝国の支配下でイスラム化。後にロシアとの300年にわたるカフカス戦争で敗北を喫して、帝政ロシア時代に迫害された。ある者は他の土地へ逃れ、大多数は追放されてオスマントルコ領内へ、次いでヨルダン、シリアへと移動。1864年5月には、300年戦争に敗れたチェルケス人が多数殺された。
 殺害された多くのチェルケス人が埋められた土地は、今はロシアのリゾート地となっている。その名はソチ。来年オリンピックの開かれる地であり、開催年はチェルケス人受難からちょうど150年となる。
 私の身近に、チェルケス人であることを誇りとする一人の男性がいる。19世紀半ばに国を追われた彼の一族は、やがて故郷に似たゴラン高原に入植した。しかし1967年、イスラエルがゴラン高原に侵攻すると、一家は再びすべてを捨ててシリア首都ダマスカスへ。ダマスカスで生まれ育った男性はやがてアメリカに留学、今は市民権も取得し平穏に暮らしている。シリアが戦場化する様に胸を痛め、時にはイスラム教徒への偏見に困惑しながら。
 迫害された民族やイスラム教徒による国内テロを警戒して近年ロシアがアメリカ以上に神経をとがらせている情況が、ボストンマラソン事件以降盛んに報道されているが、それに対抗するかのような、この「チェルケス人はまだ生きている。1864年5月の事を忘れるな!」だ。以来私は、来年ソチで何かが起きるのではと気にかかってならない。
 過激派によるテロは、惨事を引き起こし、ヘイトクライムを加速する。来年のソチ・オリンピックが、来年の5月が、何事もなく無事に終わるようにと願うばかりだ。【楠瀬明子】

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