日本語-太田實少将の決別電報

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 終戦の8月が近づいた。悲劇の沖縄戦の6月玉砕に於る太田實少将の決別電報を振り返りたい。大戦末期、米軍の本格上陸地上戦に晒され大本営から補給支援の無い捨て石作戦を強いられた太田海軍陸戦隊司令官。極限状況下、県民への思いに溢れ発した決別電は日本人の琴線に触れる。
 一説に沖縄戦の戦死者約20万人、その半分が住民犠牲者といわれる痛ましく悲惨過酷な激戦の後、日本軍の玉砕全滅寸前に太田は海軍次官宛て決別打電を発する。さらに最終戦闘の後、海軍洞窟豪内で6月13日幕僚と共に自決した。
 電文では当時の訣別電報の常套句だった「天皇陛下万歳」「皇国ノ弥栄ヲ祈ル」などの言葉はなく、ひたすら沖縄県民の苦労の様を訴えている。民間人の努力を伝えんとした太田の心情が全体に滲む。
 (紙面制約上、各所省略)
 決別電報6月6日『沖縄県民の実情に関しては県知事より報告せらるべきも県には既に通信力なく(中略)本職は県知事の依頼を受けたるに非らざれども現状を看過するに忍びず之に代って緊急御通知申し上ぐ/沖縄島に敵攻略開始以来陸海軍方面防衛戦闘に専念し県民に関しては殆ど顧みるにいとまなかりき/然れども本職の知れる範囲に於ては県民は青壮年の全部を防衛召集に捧げ残る老幼婦女子のみが相次ぐ砲爆撃に家屋と家財の全部を焼却せられ僅かに身を以て軍の作戦に差し支えなき場所の小防空壕に避難、なお砲爆撃の××(不明)風雨に曝されつつ乏しき生活に甘んじありたり/然も若き婦人は率先軍に身を捧げ看護婦烹炊夫はもとより砲弾運び挺身切込み隊すら申し出るものあり(中略)/看護婦に至りては軍移動に際し衛生兵既に出発し身寄り無き重傷者を助けて××真面目にして一時の感情に駆られたるものとは思はれず(略)/之を要するに陸海軍沖縄に進駐以来終始一貫勤労奉仕、物資節約を強要せられつつ只ひたすら日本人としての御奉公の誇りを胸に抱きつつ遂に(一部不明)一木一草焦土と化せん 糧食六月一杯を支ふるのみなりという/沖縄県民斯く戦へり 沖縄県民に対して後世特別のご高配を賜らんことを』と結んでいる。
 享年54。6月は命日月になる。【半田俊夫】

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