世情に疎い日々

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 祭りが終わって、何か眠いと思う日が数日続いたが、一息ついて見回したら新聞の山。2カ月以上、新聞に目をとおしていなかったのだ。
 確かに目が見えにくくなってきたので、活字を追うのが大変。眼鏡を換えて体勢を整えてと、準備が必要になった。世の中の動きが分からなくても、生きていける。そういえば参議院選挙の在外投票に行った。その結果は、というとよく分かっていない。
 日本は大雨だ、猛暑だと見出しを見て、実家を心配したが、とんちんかんな質問になって、高齢の父親を惑わしたかなと反省。平年より暑いらしいが、雨がほしいと言っていたので、大雨の影響は皆無らしい。死亡欄も逃してしまって、お悔やみもお別れも失礼してしまった。
 世情に通じていない分、七夕も二世週祭もへとへとになるくらい参加した。
 新しい出会いもあった。初めてのグループと一緒に音頭を踊った。障害を持つ子どもたちと保護者のグループで、話を受けた時の印象は、音頭8曲のうち、1~2曲覚えられたらいいという感じだった。2度の練習だったが、子どもたちは、元気に動きについてきた。音楽にも乗ってきた。むしろ親の方が心配だった。
 名前を覚えられないまま終わってしまったのが残念だった。手を握り締めてくれた子はなんていうんだろう? 私を抱えあげた子は? と名前を言ってありがとうを言えなかった自分が恥ずかしかった。とにかく、祭りの最後の音頭は格別だった。
 二世週日本祭というのに、日本人の参加が少ない、知らないのは残念な気がする。世代と時代が変わったのはわかる。しかし、73回を数える継続は大事にしたい。音頭の前の太鼓は見た、それで帰った。
 (音頭は)盆踊りでしょう、毎年同じ踊り。そういう言葉に冷めた目を感じた。祭りだもの同じで当然、少し馬鹿になって参加しようという気持ちにならないのかな、と寂しい気がした。
 日本語や日本文化に惹かれる現地アメリカ人が集まってくる。その彼らより、日本人のほうが日本文化を知らないのかもしれない。極めなくてもいい、少なくとも応えられるようでありたい。【大石克子】

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