民意と民度

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 日本は参議院選挙もおわり、新しい政治が動き出した。
 総務省の発表によると、今回の参院選の投票率は選挙区選、比例選ともに52・61%で、いずれも前回2010年参院選を5・31ポイントも下回り、過去3番目に低い投票率に終わったそうだ。有権者の半数弱が棄権したことになるわけだ。今回の選挙については、一票の格差がまだ問題として残るが、一応、日本国民の民意が示されたものと理解してよいだろう。ただ、国民の民意(みんい)が示された選挙であったとしても、はたして民度(みんど)が示された選挙だっただろうか。
 民度とは、一般に人間としてあるべきモラルや地域に住む人々の知的水準、教育水準、文化水準、行動様式などの成熟度の程度を指すものとされている。特に立憲民主主義の下では主権者としての自覚の程度をさす言葉でもある。
 有権者は投票という行動を通じて政治に参加すべきで、棄権は有権者の義務と責任の放棄につながる。病気中など個別のやむを得ぬ事情により期日前投票、不在者投票さえも行けなかったほんの一部を除き、棄権はいかなるいい訳も通用しない。
 「そもそも参議院など必要なのか」、「たかが私の一票など結果にどれほどの影響があるのだ」と開き直る意見も一部から聞こえる。「参議院無用論」を含め、日本の衆参二院制度の是非については大いに議論の余地があるところだが、少なくとも現状において日本が二院制度を採用している以上、「たかが一票」の積み重ねが自分たちの未来を決めていることを知るべきだろう。
 選挙の投票率が高かったとしても、結果としての民意には大きな影響はなかったかも知れないが、同じ民意であっても、参加率(投票率)が高いか、低いかは民度に大きく影響する。日本国や日本民族として民度を高めるとは『国家の品格』を高めることにつながる。私たち日本と日本人が『品格』を高めれば、国際社会において信頼され、名誉ある地位を得られるのではないだろうか。
 投票率の低さはまことに残念な結果だった。日本はまだ真の民主主義国家として成熟していないと思わざるをえない。【河合将介】

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