終戦記念日の意義

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 今年の日本は記録的な猛暑、68年前の8月15日も陽差しが強く、正午の重大放送の予告に多くの人たちがラジオの前に集まった。
 ラジオから流れる聞き慣れない声は、初めての天皇の肉声放送であったが、雑音が混じり特殊な抑揚をともなった天皇の詔勅は特殊な言い回しもあり、多くの人たちには理解し難いものだった。「どうも戦争が終わったようだ」「日本が負けた」という声が次第に伝わり、神国不滅を信じて総力戦で戦っていた人々は、爆撃によって一面焼け野原となった町で、勤労動員の職場で、過酷な戦場で、虚脱して思った。「ああ、戦争は終わったのだ」と。
 敗戦により、日本の領土は約半分の45.7%が失われ、外地から兵隊が、多くの引揚者たちが命からがら続々と引き上げて来た。狭い国土、ふくれる人口、破壊された生産設備、荒廃した農村…そんな中からもやがて人々は立ち上がり、必死に生きて新しい生活を築き始めた。百八十度価値観が変わり、社会の仕組みは民主主義国へと急旋回した。
 幾つかの僥倖と人々の勤勉と努力によって、やがて経済は立ち直り高度成長へと突入。敗戦国日本がやがて国連に加盟し、アジアの日本から世界の日本へ。頂点に上り詰めたと思うとバブル崩壊、リーマンショックとめまぐるしい波に翻弄され今の日本がある。
 日本はどのように近代国家に生まれ変わったのか。どうしてあのような戦争に突入し、壊滅的打撃を受け、立ち直り、現在に至るのか。終戦記念日と呼ぼうが敗戦記念日と呼ぼうが、私たちは毎年この節目の日に過去の歴史を振り返り、自分たちの歩んで来た道を見つめ直し、歴史に学んで次なる道を目指さねばならない。それが毎年訪れる終戦記念日の意義である。
 昨年から日本でも月例の勉強会を始めた。老若男女、業種を問わず月に一度みんなで一堂に会し、お弁当とビール・ワインで自由討論。ここから若い世代が視野を広げ、やがて大きく世界に羽ばたいてほしい。
 そんな願いをかけて今年の8月例会は「終戦秘話」、終戦の決断に至る経緯や日露戦争から戦後の復興までを振り返り熱い議論を交わした。
【若尾龍彦】

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