自然界も人間社会も…

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 「類は友を呼ぶ」とでも表現したらいいのか、知り合いにはいわゆる『金欠病』の人が多い。それでも折りに触れ、ゴルフだハイキングだ魚釣りだと、遊びも適当に楽しんでいる。だから、本当は金がないふりをしているだけなのかもしれない、と訝ってみたくもなる。
 しかし、よく聞いてみると住宅ローン、車の月賦、クレジットカードの支払いにと、毎月追われているのは事実。「金は天下の回りもの、クヨクヨしたところで何も生まれやしない」と楽観的な考え方で、アメリカ人的ともいえるポジティブな生活態度。真似をしたくとも、凡人にはなかなか真似することはできない。
 そんな知人の1人が、キレやすい性質とされるピットブル・テリアを飼っている。本人は極めておとなしい性格なので、「なぜ、お前がピットブルを選んだんだ?」などと問われると、自分にない猛々(たけだけ)しさを犬に求めた、なんて適当に答えをはぐらかしている。
 ところで、「犬は、飼い主に似てくる」ともいわれる。そのせいでもないのだろうが、彼の飼い犬はピットブルにしては珍しいほど優しい性質に育っている。
 「飼い主のほうが犬に似なくてよかった。でも、顔が少し似てきたかな」と、周囲は遠慮のない憎まれ口をたたく。ご承知のようにピットブルは、いわゆる「美人、イケメン」の範疇(はんちゅう)には入らない形相なのである。
 似た者同士といえば、人は無意識のうちに互いに寄り集まる傾向がある。同類相求むこの習性を英語ではBirds of a feather flock together.(同じ羽毛の鳥は群がる)と表現している。人間社会の「類をもって群がる」一例を挙げれば、善人の周りには善人が集まり、悪人の周りには悪人が集まる傾向が知られる。
 育ちの良い上品な人同士が自然と集まっていたり、一方では詐欺まがいのことばかりしている嘘つき人間たちがいつの間にか徒党を組んでいたりする。
 こうした例は、私たちの周辺でもよく見受けられる。自然界も人間社会も同じような法則でつるんでいるのかと考えると、ある種のおかしささえも見えてくる—。【石原 嵩】

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