元検事で現LA市長の父:写真家ギル・ガーセッティー氏

1

 

 

日系人の庭師がデザインし造ったという自宅の日本庭園には、椿や赤松、もみじなどが植えてあり、石が敷き詰められた池と橋まである

日系人の庭師がデザインし造ったという自宅の日本庭園には、椿や赤松、もみじなどが植えてあり、石が敷き詰められた池と橋まである

「DNAテストをしたら先祖は日本人かもしれない」。息子は現ロサンゼルス市長、祖父はメキシコ革命の時、絞首刑になった。ギル・ガーセッティー氏はOJシンプソン事件を担当した元ロサンゼルス郡検事で、現在は刑事ドラマ「クローザー」などテレビ番組のコンサルタント・プロデューサーのほか、写真家としても活動する。日本をこよなく愛し、過去3年間に9回も日本を訪れ、全国各地を回りながら写真を撮り続けている。ガーセッティー氏の目に映る「美しき国、日本」について語ってもらった。 【取材=吉田純子、写真も】

自宅の日本庭園にあるもみじとイチョウの葉で遊ぶギル・ガーセッティー氏。トレードマークのマフラーとカメラを携え写真を撮りに行くのが定番スタイル

自宅の日本庭園にあるもみじとイチョウの葉で遊ぶギル・ガーセッティー氏。トレードマークのマフラーとカメラを携え写真を撮りに行くのが定番スタイル

 同氏の祖父は1890年頃、イタリアからメキシコに渡ってきた移民だった。判事だったがメキシコ革命で絞首刑になり、祖母はまだ幼かった子を連れ、テキサス、ニューメキシコ、アリゾナを経てロサンゼルスにたどり着いた。「父はあまり祖父のことに興味を示さず、話そうとはしなかったが、祖母が話してくれた」という。
 ロサンゼルスで生まれ育ち、奨学生としてUSCで経済学を学び、UCLAのロースクールで博士号を取得。その後32年間、地方検事としてロサンゼルス郡検事局に勤務した。1992年にはロサンゼルス郡第40区検事に選出され、2000年までの2期、8年間務めた後引退した。
 検事時代もカメラを持ち歩いていたことで有名。写真を撮り始めたのは14歳の時。父親からプレゼントされたのがきっかけだった。同氏の父もまた、自宅に暗室を作るほど写真が好きだったという。
 本格的に学び始めたのは長女が生まれた1969年以降。当時シャーマンオークスに住んでいた同氏は、撮り方を基礎から学ぼうと近所のレシーダ高校の夜間のアダルトスクールに4年半通った。

日本との出会い
旅して撮る日本の美

京都の八坂神社を後にする舞妓 (ギル・ガーセッティー氏撮影)

京都の八坂神社を後にする舞妓 (ギル・ガーセッティー氏撮影)

 初めて日本を訪れたのは1966年。瞬く間に魅了された。世界のどの場所より故郷だと感じられたのだという。
 京都、東京、広島、宮島など日本各地を旅して回り、日本人なら目にとめないような日常の風景や景色などをユニークな視線で捉える。「日本人はどれだけ自分の国が美しいか気付いていない。こうした美は時として自分のような外部の人間のほうが気付きやすい」。写真を撮り続けるのは日本人が気付かなかった美しい姿を人々に知ってもらうためだいう。
 最長で1カ月いることもあり、滞在中はアパートを借りる。旅に同行する妻のスキさんが、日本の美しい風景が撮れる場所を一緒にリサーチしてくれるのだそうだ。「スキ」という名前を聞いて日本人かと思うかもしれないが、彼女はユダヤ系米国人。息子でLA市長のエリック・ガーセッティー氏が初のユダヤ系といわれるのは母方からきている。
 一番好きな場所を尋ねると「あまりに多すぎて答えられない」と笑顔で考え込んでしまった。ひとつの場所をとっても朝と夜で違った顔を見せてくれるのが日本の魅力なのだそうだ。
 近代建築が立ち並ぶと同時に、その一角に観光客が足を踏み入れないような古い町並みも共存する東京も好きだという。
 高野山にも登り、精進料理にも挑戦した。日本食が大好きで昔ながらの寿司とすき焼きが好物。季節を意識した盛りつけを見るのが好きで「着物にも和菓子にも季節ごとの美しさを反映させるのが素晴らしい」と絶賛する。

日本人が持つ尊敬の念
米国人が見習うべき姿

写真 6 好きが高じて自宅に日本庭園まで造ってしまった。ロサンゼルスの閑静な住宅街にある同氏の自宅には、日系人の庭師に頼んで調達した岩や赤松、椿やイチョウ、もみじが植えてあり、秋になると赤や黄色、オレンジ色に染まった紅葉を見ることができる。水こそ流れていないが、石が敷き詰められた池と橋まである徹底ぶりだ。
 庭に咲き誇る椿は、日本人作家による花瓶や竹細工の器に生けて自宅内の至るところに飾っている。リビングには屏風や日本で買った調度品のほか、着物も飾ってあり、10種類程の着物を季節ごとに変えて飾るという。「なぜこんなに魅了されるのか分からない。ただ中国でも韓国でもなく、日本なのだ」
 庭先を案内してくれた同氏は突然、地面に落ちていたもみじの葉を拾い上げ、太陽の光にかざしてみせてくれた。日本に行った時、日本の人々が教えてくれた葉の愛で方だという。
 日の光が加わると葉が透き通り、さらに明るいグラデーションが浮かび上がる。「地面に落ちていた時とは違う色合いを見ることができる。大人だけでなく、日本では10歳や11歳の子供までもが葉をこうして愛でていた」
 何気ない普段の生活の中にも、幅広い観点から美を見出す日本人の美的感覚は優れていると話す。「自然美だけでなく人が作り出した美に対しても、尊敬の気持ちを忘れない。その心が美しい」とも。
 日本の文化だけでなく、人々が持つ精神性も素晴らしいと強調する。日本を訪れるたびに感じるのは日本人が持つ奥ゆかしさだという。
 「目に見える美しさだけではなく、互いを思いやり、相手に尊敬の念をもつことが人としてどんなに美しいか日本人は教えてくれた。そして生涯を通して他人に対する尊敬の気持ちを忘れない。こんな素晴らしい文化を持っている国を私は日本以外知らない」
 さらに日本人が持つ美への尊敬の念を米国人も学ぶべきだと訴える。
 「われわれ米国人の美意識は日本に追いついていない。美を敬う心を米国人も養うことで、さらに思いやりにあふれた良い国になるのではないかと思う」

慈善家としての顔
西アフリカの村を救え

 世界でもっとも貧しい国のひとつ西アフリカのニジェール共和国。郊外の村ではまともな水を飲むことすら出来ない。そのほとんどが不衛生な状況によって汚染されているのだ。こうした汚染水を飲んで毎年4人に1人の子供が、5歳の誕生日を迎える前に亡くなっている。
 ニジェールの子供や女性たちは飲料水を求めて毎日4〜6マイルの道のりを歩き時に何度も往復する。結果、子供たちは学校に行くことが出来ず、女性たちは収入を得るための仕事を探す時間すらない。
 ギル氏は引退後、実際に現地を訪れ、子どもたちと触れ合い、彼らの現状を伝えるためシャッターをきった。
 現在は子供たちに安全な水を届けるため、寄付を募りニジェールの村に井戸を作る活動を続けるNPO「Wells Bring Home」の代表のひとりとして、自身が撮った写真とともに、ニジェールの現状を訴え、支援を呼び掛けている。

市長が語る写真家の父
親子揃って日本が大好き

ギル・ガーセッティー氏と息子のエリック・ガーセッティーLA市長。親子揃って親日家

ギル・ガーセッティー氏と息子のエリック・ガーセッティーLA市長。親子揃って親日家

 「わたしはガーセッティーです」と元気よく日本語であいさつしてくれたエリック・ガーセッティー市長。父・ギル氏の創作意欲と写真に懸ける情熱を誇りに思うと語る。「父は日本が大好きでとても思い入れがある」と太鼓版を押す。
 そんな父の影響からか、市長はロサンゼルスにあるハーバード・ウェストレーク・スクールに通っていた高校生の時、短期留学プログラムを利用して夏休みの3カ月間、日本でホームステイをしたことがある。
 東京都世田谷区の日本人家庭でホームステイをしながら町田市にある玉川学園に通った。ひとりで電車に乗って通学し、実際に授業も受けた。「両親が留学を後押ししてくれた。とても楽しかった。日本の人々は親切で心を打たれたよ」と思い出を語る。市長となった今でもお世話になった家族とは連絡をとり続けているという。
 まだ日本食がこれ程人気になる前から両親の影響で週に1度は日本食レストランに食事に行っていた。小さい頃から寿司や天ぷらが大好きで、特に母・スキさんが作るすき焼きが大好物だという。「スキすき焼き好き」とおどけてみせた。
 自身も日本滞在中にすき焼きの作り方を習ったので「本場の味を作れる」と得意げだ。そのほか、天ぷらや卵焼きも得意料理なのだという。
 父同様、大の親日家である市長は2009年、ハネムーンの行き先も日本を選んだ。東京を訪れ、築地や神社を観光したという。
 二世週祭にもよく足を運び、ロサンゼルスを代表する祭りのひとつだと話す。「新一世と4世5世が調和し日本の伝統を守り続けている。自分も移民4世のアンジェリーノだから共通点を見出している」と語る。
 「父にはこれからも素晴らしい写真を撮り続けてほしい。日本を愛する父ならではの写真を見るのを楽しみにしている」とエールを贈った。 

京都の高台寺の庭で撮影した一枚 (ギル・ガーセッティー氏撮影)

京都の高台寺の庭で撮影した一枚 (ギル・ガーセッティー氏撮影)

Share.

1 Comment

Leave A Reply