天馬空を往く

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 史記の書に、「天馬(てんば)空(くう)を往(ゆ)くが如し」という言葉があります。天馬とは、天上界に住むといわれる天帝の乗る馬、ギリシャ神話でいえば馬に羽が生えているペガサスのことです。天馬が空を自由に駆けるように、アイデアや着想が自由奔放である様を述べたものです。松下電器を築いた松下幸之助さんがこの言葉を使うことを好み、日本発の国産コンピューターの創生に尽力した富士通の池田敏雄さんもそのように呼ばれました。彼らの自由奔放な発想が、日本の物づくりを支えたのだと思います。
 新しいものをつくるということは、自分だけが利益を得るようなものではなく、多くの人にとって便利なもの、人に喜ばれるものをつくるということです。種を蒔いて収穫するのと同じことです。大切なのはどんな種を蒔くか、何のために、何を目標にして蒔くかです。朝顔の種を蒔いて西瓜が実ることはありません。西瓜を実らせるには西瓜の種を蒔いて育てることが必要です。日常生活でもビジネスでも同じことが言えます。目標や変革の種を蒔かなければ、また大きく育てようと自分を磨く努力をしなければ、望むような実は成りません。あたりまえのことですが、変わろうとしなければ決して変われませんし、偶然の成長などありません。天馬が空を駆ける姿を思い浮かべたとき、それが偶然ではなかったことを思い起すべきなのです。
 だからこそ、人の話を聞くときには「馬耳東風」や「馬の耳に念仏」ではいけません。小さなことに耳を傾けなければ、結局は「馬齢を重ねる」ことになります。「馬が合う」仲間たちや、幼き頃の「竹馬の友」が自分を支えてくれたことを忘れず、「生き馬の目を抜く」ような姿勢でもなく、実直に目標を目指すのです。
 「午(うま)の刻」は正午を指します。午前中に溜めた実力を発揮する時です。始めようとしなければ、何もしなかったと同じことです。今年の皆さまの活動が、「天馬空を往く」ようであることを願っています。【朝倉巨瑞】

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