小東京のゴー・フォー・ブローク・モニュメントを訪れた2014年度佐賀県海外使節団。後列左端は、ガイドを務めたロッキー・山田さん
小東京のゴー・フォー・ブローク・モニュメントを訪れた2014年度佐賀県海外使節団。後列左端は、ガイドを務めたロッキー・山田さん

 南加佐賀県人会(創立1905年、飯盛裕介会長)が主催する「佐賀県海外使節団」の学生10人(大学生8人、高校生2人)がこのほど加州を訪れ、2週間のプログラムを通じパイオニアから学んだ起業家精神を胸に、15日、帰国の途についた。
 同事業は、佐賀県が幕末維新後期に「遣米・遣欧使節団」として若者を世界に送り出し、明治期の日本をリードする優秀な人材を輩出した歴史を再現し、2011年に佐賀県が19人の学生を加州へ派遣したことに始まる。将来の佐賀県、日本を担う国際的な人材育成を継続しようと、翌年から南加佐賀県人会が同事業を受け継いだ。
 学生は、グーグル社やインテル社といったIT企業をはじめ、北加や南加の教育や医療機関、研究施設やNPO団体などを訪問し、現地で活躍する実業家や研究者、官僚らと会談。国際的視野を持つ重要性を学ぶとともに、社会とのつながりやボランティア精神を持つ必要性を体感した。
 今年は、大学生枠に加え「若いうちに多くの経験をし、視野を広げてほしい」(飯盛会長)との考えから、初めて高校生枠を設け、弘学館高等学校から2人が参加した。
全米日系人博物館のツアーで質問する弘学館高等学校1年の平良さん(右から2人目)
全米日系人博物館のツアーで質問する弘学館高等学校1年の平良さん(右から2人目)

 同校1年の平良糸さんは、幼少期にインターナショナルスクールでアメリカの教育を受けていたこともあり、自分の目で米国を確かめたいと初訪米。9日に訪問した全米日系人博物館では、「自国や他国の歴史や文化、その背景を知らないと誤解や対立が生まれるので、あらためてしっかりと学ぶ必要性を感じた」といい、収容所での過酷な日々から立ち上がり、米国社会で立場を確立した日系人に敬意を表すとともに、「世界から見ていい日本人でありたいと思った」と感想を述べた。
 また、普段かかわることがない大学生と行動を共にし、偉大な先駆者の話を聞けたのは貴重な体験だったといい、「自分の意見を持ち、相手に伝える大切さを学んだ。学校に戻ったらもっと積極的にコミュニケーションを図っていきたい」と話した。
 立教大学経営学部4年の江頭翔太さんは、同事業の1期生だった先輩から「参加して自分の価値観が180度変わった」と聞き、「社会人として自分に何ができるのかを学ぶヒントを得たい」と応募。北加サリナスで蘭農園を経営するアンディー・松井さんの「何事も全身全霊をかけて取り組む」という言葉に、大きな活力をもらったという。「松井さんはじめ、成功した起業家の方は皆、社会とのつながりや社会への還元の大切さを訴えており、今まで自分にない考えだった。来月から社会人になるので、自分も今後どう、社会に還元できるのか考えるいい機会だった」と振り返った。
全米日系人博物館のツアーでガイド山田さん(右)の話を真剣に聞く学生
全米日系人博物館のツアーでガイド山田さん(右)の話を真剣に聞く学生

 またグーグル社訪問では、「世界最高峰の企業だけあり、従業員の創発性を養う環境が社内に整っており、非常に活気のある職場だった」と感銘を受けた。今後は、「海外市場で力を発揮できるよう語学力をさらに磨き、最高の環境に自分の身を置くために努力したい」と述べ、2週間のプログラムを通じ多くの収穫を得たようだった。
 南加佐賀県人会の飯盛会長は、「学生の時代にできるだけ海外に触れてもらい、フロンティアスピリッツを学んでもらいたい。(事業開始から4年目を迎え)OB、OGも増えコミュニティーが大きくなってきた。各自活躍する分野を通じ、研修で学んだことを地元佐賀県の発展のために役立ててほしい」と述べるとともに、今後も同事業を継続し、「さらに地域活性、若者が活躍できる場の創造に力を入れていきたい」とした。
【中村良子、写真も】

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