55年ぶりの高校同期会

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 わが母校の前身は北予中学、司馬遼太郎「坂の上の雲」の秋山好古陸軍大将が校長を務め、戦後城北高等女学校が合流し松山北高等学校となった。
 ところで、全国の学校の同窓会にとって会の盛衰を左右するのは会員名簿の充実だが、2003年に制定された「個人情報保護法」がこれに大打撃を与えている。わが母校の関東支部も例外でなく、年々激減する会員数は目を覆うものがあるという。
 やはり同窓会の活性化には各同期会が核となってまとめるのが効果的なようだ。このたび55年ぶりの同期会を立ち上げるために30数名にはがきを送った。ぼちぼちと来る返事や電話は「知っている人がいないから…」という反応が多い。しかし古希もとっくに超えたこの年になると、社会人時代の毀誉褒貶(きよほうへん)は無関係、同じ高校に通い同じ故郷を共有するだけで懐かしい思い出が蘇る。記憶はかすみ覚えていなくても、会えば同じ故郷と高校という共通の話題で繋がれる。6月には13名の参加者があった。
 同期会では3人の方に10〜15分の卓話をお願いした。(1)「ねむの木展」開催の報告(2)私の引退者生活(3)知っておきたい緊急時の対応、である。
 (1)は、宮城まり子「ねむの木学園」の生徒の作品を横浜そごう美術館で展示したもの。実行委員長を務めた彼は、ほとんど独力で一口1万円の寄付を1028口集めた。来場した皇后陛下や前・現神奈川知事を案内したのも彼である。(2)の彼は、通常は千葉に住み、11〜2月を故郷・瀬戸内の島でミカンや野菜作りの農作業に励む。引退者生活には理想的。狭い島はほとんどが親戚か顔見知り、「誰にでもあいさつをする、決して悪口を言わない」などの体験話はうなづける。(3)は、急性心筋梗塞や脳梗塞など、予兆への対応は1分1秒を争い、10分以内が生死や回復を左右するという。緊急対応や救急車への依頼の仕方、日頃の備えなど高齢者には有益な話だった。
 同期が集まり懐かしい昔話をするだけではなく、順番に卓話でお互いの知識や経験を分け合い交友を深める、これがネットワークを築く有効な方法かも知れない。【若尾龍彦】

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