いつまでもあると思うな

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 健康に恵まれ、幸せな家庭を持ち、事業も発展の一途を辿るとくれば、誰が明日を憂うだろう。
 しかし世の中いつ天災に見舞われるかもしれない。事故に遭うかもしれない。突然発病するかもしれない。
 「いつまでもあると思うな親と金、無いと思うな運と災難」―亡くなった母がよく口にした言葉である。
 新年早々縁起でもないとしかられるかも知れないが、特に人間の「死」などいつ訪れるのか見当もつかない。何時起こるかわからないものを恐れて日々戦々恐々としているのも愚かなことには違いない。
 両親も金も手元にあればついつい当てにするし無駄遣いもする。失ってから初めてありがた味が分かるものである。昨年暮れに友人を失った時は「いつまでもあると思うな」という言葉が身に沁みた。
 友人のKさんは90歳の誕生日を前にして運転免許の書き換えテストもパスし、長らく先延ばしにしていた白内障の手術も済ませ、「これでまたしばらくボランティアができますよ」と元気いっぱいだった。戦後70年、二世のKさんは今はすっかり少なくなった戦時強制収容所の体験者であり、貴重な語り部であった。
 1週間に一度は顔を合わせ、1カ月に一度の割で食事を共にし、口げんかもしながらプログラムの改善を話し合い、夫々が支援する団体のファンド・レイジングにはお互いに協力し合った。
 そんな楽しい付き合いがまるで永遠に続くような錯覚のなかで、夏の終わりから2カ月ほど胃の不調を訴え、検診の結果は胃がん。発見された時にはすでに肺と膵臓に転移していた。
 がんの宣告を穏やかに受け入れて、すべての治療を拒否し、静かに最後の日を迎えた立派なKさんに比べて、突然友人を奪われた愚かな私は「もう一度食事にゆく約束だったでしょう」とKさんの遺影に愚痴をこぼしている。
 人との出会いは一期一会、その時その時を大切にしなければと、頭で分かっていながらなんと疎かにしてきたことか。いつかそのうちに、Kさんに約束不履行の貸しを返してもらうつもりである。【川口加代子】

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