リニューアルした紀伊國屋オープニングの日。シンガポールの中心街オーチャードにある日本の百貨店タカシマヤと同じビルの中にある
リニューアルした紀伊國屋オープニングの日。シンガポールの中心街オーチャードにある日本の百貨店タカシマヤと同じビルの中にある
 駐在や出張先にどんな本屋があるか、気になるタイプである。売り場面積は小さいが、空間をうまく利用し、特徴ある品揃えの店に出会えれば、たちまちその町が好きになる。アメリカではマンハッタン、ボストン、サンフランシスコ、またワシントンDCにそんな本屋がある。カフェが併設されているような大型のチェーン店でも、心配りのある配架をしていたり、日本ではあり得ない書籍の大バーゲンがあったり、あるいは素敵なデザインのしおりやバッグを頂けたりすると嬉しい。ポートランドにある独立系で超大型書店のパウエルには感銘した。東京には、少なくなったとは言え、まだこのような大小二種類の本屋があるから、やはり町歩きが楽しいのである。

 大きなショッピングモールに来れば、ここはアメリカかと思うほど、ファッションからレストランに至るまで、同じチェーン店が並ぶシンガポールである。先日は、ロサンゼルスのメルローズとハイランド通りの角にあるピザの美味しいイタリア料理店のMOZZAを見つけて入ってみた。まったく同じように、手でピザの生地をこねて広げているシェフの姿に遭遇し、久々にブラータとビーツのサラダに舌鼓を打ちながら、南カリフォルニアの青空を懐かしんだ。

この長い列は、レジ待ちの客。シンガポール人は本が好き(紀伊國屋で)
この長い列は、レジ待ちの客。シンガポール人は本が好き(紀伊國屋で)
 モールの米国化に拍車がかかるシンガポールだが、不思議なことに、米系の大型本屋にはまだお目にかかっていない。そのかわり、日本の紀伊國屋があるのだ。ニューヨークでもLAでも、バンコクの紀伊國屋にも足を運んだことはあるが、ここではまた客の活気に驚かされるのである。レジ前に並ぶ購入客のこれほど長い列を、世界中の本屋で見たことはあるだろうか。聞くと、この店舗は、新宿本店、大阪梅田店、新宿南口店についで、グループ内第4位の売り上げを誇るらしい。シンガポール人の本好きは、やはり本物なのだ。
 この町の目抜き通りオーチャードのほぼ真ん中に位置する、これまた日本の百貨店タカシマヤが入居する同じビルに、紀伊國屋はある。先日、別のフロアに移転しての再開店のお祝いレセプションに出かけて、目撃して思わず撮影したのがこの光景である。さすがにこの日は、1日あたりの売上高が、全世界で第1位を記録したらしい。
 リニューアル・オープンのお祝いには、日本からもそしてシンガポールからも、いろいろな人が駆けつけた。出版人や流通関係者ばかりではなく、著名人や文化人も混じっていた。たとえば、弱冠30歳で国連代表部大使に任命されたシンガポール随一の知識人トミー・コー大使もその一人。彼の本は、平積みになっていつもロングセラーの棚に入っている。コー大使の話によると、親しくしているインドネシアのユドヨノ前大統領も無類の本好きで、毎月1回、シンガポールに来る度にこの紀伊國屋のなかで、数時間「行方不明」になるのだとか。前大統領は、空港から紀伊國屋に直行することも多く、多忙を極めるコー大使とも、「じゃあ、紀伊國屋で」ということも、何度となくあったらしい。本屋で待ち合わせ、というのも何とも良い話ではないか。同じ英語の本でも、村上春樹の翻訳が、英国版と米国版が両方並んでいる気配りのある書店ならではの、粋なエピソードである。【伊藤実佐子、写真も】

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