うららかなり

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 当地LAでは、3月までは新年会の時期で、週末はあちこちで「おめでとうございます」の言葉が交わされる。新年会に参加すると、同席になった人と知り合いになったり、知り合いの関係者と分かって、世間は狭いですね、になることもあって面白い。
 一方、日本人や日系人と関わることを避けている人たちも多い上、新年会のような会を知らない人たちも多い。何か起こった時に、それまで群れを嫌い、一人で何でもできると思って避けてきた人たちが日本語圏に助けを求めてくる。その現場を見聞きしているものとして、何でも自己責任って言ってたのでは? 他人の身に起こったことは自己責任。自分の時は誰か何とかして、ではちょっと変じゃない?
 高齢になって、誰も身内がいなくて病気になる、手助けが必要になったとき、県人会や仏教会・教会などのつながりで助けられることがある。いつどんなことが起こるか、予測できないから、TV番組のせりふにあった「群れを嫌い、一匹狼云々」を気取ってばかりもいられない。
 人は生まれる時も、死ぬ時も一人というけれど、実は多くの人の助けを借りていると思う。どうせ借りるのなら、事前に頼んでおく方が安心というものだろう。頼める人がいないなら、探す努力を惜しんではいけない。新年会のシーズンに出かけて、知り合いを増やしておくことも一つの方法。
 連れ合いや大事な人を亡くした人が、声を掛けてくれ、足を運んで慰めてもらうことが、どんなに大事か身にしみて分かった。(お見舞いや香典など)お金だけ持っていったらいいと思ってたけど、違うと身にしみた。こんなことを聞くと、人との付き合いの大切さがわかる。
 出会いは、情報を得られる機会にもなる。困った時に、そういえばあの人が知っているかもしれない、と連絡を取れる人がいることは心強い。ただ、残念ながら切羽詰った状況に置かれないと気がつかない。
 東部は寒波で大変というのに、夏のような西部。暑さも寒さも極端は体の負担になる。先を見越して備えるのが肝要だと思う。まだ続く「おめでとう」。言う時はうららかでありたいもの。体調も気分も。【大石克子】

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