客死

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 『F君が亡くなりました。イタリア旅行中の客死でした』日本の親友から届いたEメールによる訃報だった。このところ、友人、知人の訃報が多く、私も年齢を感じざるをえない。
 今回のメールにあった客死という文言は最近あまり聞かなくなったような気がする。手もとの国語辞典(広辞苑、第二版)によると、客死(かくし、きゃくし)とは、「旅先で死ぬこと」「よその土地で死ぬこと」とある。要するにその人が普段の生活を送っている場所から離れているところで亡くなることだ。特に著名人が外国訪問先で死亡した場合、客死と表現されるようだ。
 私が最初に客死という文字に接したのは、古い話だが、元NHKアナウンサーの和田信賢(わだのぶかた、通称わだしんけん)氏がパリで病死した時だった。和田氏は戦前から戦後にかけて活躍したアナウンサーだった人で、1945年8月15日の終戦玉音放送では進行役を担当し、戦後はラジオによる日本初のクイズ番組「話の泉」の司会者として一世を風靡し、私もラジオに耳を傾けたものだった。中でも和田さんを日本中に有名にしたのが、1939年の大相撲1月場所の実況中継で、70連勝を目指していた双葉山が、安藝ノ海に敗れ、連勝が69で止まったときの中継だったといわれるが、残念ながら私はこのときの録音テープを聞いていない。
 この和田さんが1952年、ヘルシンキ・オリンピックの実況を終えて帰国する途中、フランス・パリで急病に倒れ亡くなった時、日本の新聞各紙は「和田信賢氏、パリで客死」と報じていた。私が中学2年生の時だった。私は小学生の頃から新聞の切抜きが趣味で、日本の自宅に保存しているスクラップ・ブックを開けばこの時の記事はまだあるはずだ。こんな経緯で、私はその後ずっと客死とは外国で不慮の死を遂げること、と認識していた。ところが、客死の本来の意味は上記の国語辞典の通りで、必ずしも外国でなくとも客死を使えるようだ。逆に、グローバル化した現代社会では、国内か海外かは関係なく、私のような米国の永住権を持つ日本人がここ米国で死んでも誰も客死とはいってくれないだろう。【河合将介】

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