大日本農会:国府田ロス氏に緑白綬有功章

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 千葉明総領事(右)から表彰状が手渡された国府田ロス氏


千葉明総領事(右)から表彰状が手渡された国府田ロス氏

 大日本農会(総裁・秋篠宮文仁親王殿下)の農事功績者表彰の南加受賞者に対する伝達式が11月29日、ハンコックパークの在ロサンゼルス日本国総領事公邸で行われ、今年は国府田ファーム経営者の国府田ロス氏(52)に「緑白綬有功章」と賞状が千葉明総領事から手渡された。【吉田純子、写真も】

 国府田ロス氏の祖父はライス・キングとして知られる国府田敬三郎氏。家業の国府田ファーム(中央カリフォルニアのドス・パロス)の社長として米作りを受け継いだ。日系三代にわたる家族経営の農場として全米でも最大規模となり、その経営は種もみの製造管理から精米・製粉、商品の包装にいたるまで一貫生産を貫いている。
 1882年に福島県で生まれた敬三郎氏は1908年、26歳の時に渡米し、1927年、44歳の時に国府田ファームを創設した。その2年後に、広大な水田に飛行機で種もみをまくことに成功し、農場開設10年目に大規模な精米所を完成させ精米業でも事業を拡大させた。しかし太平洋戦争が勃発すると、コロラド州のアマチ収容所に収容され、8千エーカーの耕地と精米所は人手にわたり、45年8月、63歳の時に苦労と努力で築いた財産を失った。
 しかし逆境にめげずその後、もち米の栽培を開始。戦時中、もちなど口にできなかった日系人に喜ばれ、「もち米」の松竹梅ブランドはアジア系移民の間にも浸透した。
 また当時、日系人を苦しめた「カリフォルニア州外国人土地法」を撤廃させるため、帰化権運動を展開。加州最高裁は52年に同法を違憲とし、敬三郎氏はその後も日本人、日系人の待遇の改善に尽力し続けた。
 ロス氏はファミリービジネスが継続できたのも、協力してくれる人々、従業員、企業の存在があったからこそと語り、ビジネスに携わってきた人々に感謝の言葉を述べた。
 また敬三郎氏に関しては「私が生まれてすぐに祖父は他界したため、残念ながら祖父との思い出は覚えていません。もの静かな人物だったと聞いています。成功したビジネスマンであったと同時に、日系人のために尽力した人物であったことを誇りに思います」と話した。

 祝辞を述べる大日本農会南加支会の小山信吉会長


祝辞を述べる大日本農会南加支会の小山信吉会長

 祝辞を述べた大日本農会南加支会の小山信吉氏は、「カリフォルニアで戦前、戦後の試練を乗り越え、3代続けて農業を営んでいるのは国府田ファミリーだけとなった今、今回の受賞は特別な意味がある」と話す。「ロス氏は祖父の思いを引き継ぎ、情熱をもって米作りに励んでいる。その思いはわれわれ日系人の誇りです」と語り、今後の益々の発展を願った。
 福島県人会会長のマイク紙本氏は、毎年夏に開催される同県人会恒例のピクニックでは、同県出身の敬三郎氏の遺言により、毎年もち米が送られていることにふれ「ピクニックでは毎年、国府田家3代の米づくりに対する思いがこもったおいしい赤飯が振る舞われています」と話し、これまでの同県人会に対する温かい心遣いに感謝の言葉を述べた。
%ef%bc%93 伝達式では、国府田ファームについてのドキュメンタリー映画「ドス・パロスの碧空(そら)」の予告編が上映された。同作を制作した馬場政宜監督は、「こんな偉大な日本人がいたのかと驚きました。制作過程で農場以外の人にもインタビューをしましたが、3代続けることが本当にすごいことだということを実感しました」と話した。
 大日本農会は、明治14年(1881年)に日本の農業、農村および農民の進歩・改良を目的として創設された団体。明治27年(1894年)より、農事功績が顕著な農業従事者に対し紫白綬有功章、紅白綬有功章および緑白綬有功章の3種類の有功章が授与されている。

馬場政宜監督の国府田ファームについてのドキュメンタリー映画「ドス・パロスの碧空(そら)」の予告編が上映された。スクリーンに映っているのがライス・キングとして知られる国府田敬三郎氏

馬場政宜監督の国府田ファームについてのドキュメンタリー映画「ドス・パロスの碧空(そら)」の予告編が上映された。スクリーンに映っているのがライス・キングとして知られる国府田敬三郎氏


 祝福に訪れた出席者とともに記念撮影するロス氏(前列左から5人目)


祝福に訪れた出席者とともに記念撮影するロス氏(前列左から5人目)

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