据石和江さん死去:米国広島・長崎原爆被爆者協会会長

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12日未明、心臓発作を起こし、90歳で死去した米国広島・長崎原爆被爆者協会会長の据石和江さん ©Darrell Miho

 米国広島・長崎原爆被爆者協会会長の据石和江さんが12日未明、トーレンスの自宅で心臓発作を起こし死去した。90歳だった。

 葬儀告別式は、23日(金)午後2時からガーデナのガーデナ仏教会(1517 166th St.)で営まれる。喪主は、長女クリスティン・タケウチさん。
 据石さんは1927年1月、パサデナで生まれ、生後9カ月で両親の故郷日本に帰国した。両親の出身地の広島市で義務教育を終え、1944年3月に広島第一高等女学校、45年3月に同校家政科をそれぞれ卒業後、45年4月から三菱重工業で女子挺身隊として勤務した。18歳だった同年8月6日の広島への原爆投下により同市南観音町の庭先で被爆し、爆風で倒れた建物の下敷きになり、腰骨を骨折する重傷を負った。

平和特別授業で、語り部として被爆体験と平和の尊さについて話す据石和江さん。40年以上にわたり各地の高校などを訪問した

 戦後、ハワイを経由し、生まれ故郷パサデナに移り住んだ。洋裁家を目指してパサデナ・シティー・カレッジで洋裁のデザインを学んだ。日系人男性と結婚した。
 71年10月、米国原爆被爆者協会の創設と同時に協会会員となり、その後同協会の副会長に就任した。当時の田中厚生大臣に会うなど、被爆者であるために医療保険に加入できない米国在住の被爆者の現状を直接訴えた。同協会の活動で、在外公館での被爆者手帳の申請交付受付、日本語での在米被爆者検診の実現に寄与した。またロサンゼルスを中心とした地域の学生を対象に日本語と英語で「平和特別授業」を実施し、非核に関する理解の増進に貢献した。
 92年9月には、米国原爆被爆者協会から独立した米国広島・長崎原爆被爆者協会が創設されルと同時に副会長に就任。2003年から会長になってからも平和特別授業を積極的に実施した。
 平和特別授業を実施し、40年以上にわたり各地の高校などを回った。10年11月と11年10月には日本の外務省から「非核特使」の委嘱を受け、あさひ学園全4校の小学部6年生児童など200人を対象にした特別授業を行った。
 11年には、国連軍縮週間の軍縮・不拡散教育の一環として行われた被爆者証言イベントで証言するなど、日本政府と協力し、核兵器の惨禍を伝え、核軍縮の重要性を発信することに貢献した。
 12年、米国における非核に関する理解の増進と、在米被爆者の福祉向上に寄与した功績で、旭日双光章を受章した。
 原爆の日と終戦の日の8月には毎年、小東京の高野山別院で原爆犠牲者の追悼法要を執り行い、草の根の平和活動を行っていた。
 据石さんに関する問い合わせは、Eメールで米国広島・長崎原爆被爆者協会まで。更科洵爾さん([email protected])、または清野みどりさん([email protected])。

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