文明社会の決断、今昔

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 暗い森の中をひとりさまよいながら、彼は何を思い孤独な日々を過ごしていたのだろう。
 先週、南米でいまだ文明社会と触れていない「新たな先住民族確認」のニュースが全世界を駆け巡った。アマゾンのジャングルで暮らす先住民族の姿をブラジルの政府機関がドローンを使って撮影し、その映像が公開されたのだ。このニュースに筆者は、かつて北米にいたあるひとりの先住民の人生を思い起こさずにはいられなかった。
 107年前の今日、8月29日、北米最後の先住民(文明社会と未接触の)がカリフォルニア州北部オロビルで発見された。彼は自分の部族「ヤヒ族」の言葉で「人」を意味する「イシ」と呼ばれた。
 19世紀、ゴールドラッシュの波に乗りフロンティアたちがカリフォルニア州にやってきた。当時、先住民族の多くはインディアンハンターの襲撃を受け殺された。またある者は居留地に追いやられ、ある者は文明社会によりもたらされた伝染病で命を落とした。彼らはこうした病気に免疫を持っていなかった。
 幾度となく襲撃を受け、家族、仲間を失ったイシは遂にカリフォルニアの山奥でひとりぼっちになった。誰とも話すことができない孤独の中、疲れ果て、おそらく死を覚悟し人里に姿を現したのだろう。白人の前に姿を表すことは彼にとって死を意味した。しかし彼を待っていたのは白人からの温かい友情だった。
 人類学者アルフレッド・クローバー教授らが彼を保護し、その文化を学び友人となった。イシも文明社会を学び、見事に適応してみせた。文明社会で快活に生きたイシだったが、発見から5年後の1916年、結核で亡くなった(推定享年55)。同教授の妻が後年イシの伝記を残し、その生涯を今に伝える。
 イシの発見から107年が経過した今、先日確認された南米の先住民族に当局は接触しないと発表した。理由は、文明社会との接触により、先住民が伝染病に感染し死亡した例が過去にあるから―。今の文明社会の決断にほっと胸をなでおろす。過去の教訓が生かされる時代になったことをうれしく思うと同時に、カリフォルニアの歴史の一部も忘れてはならないと胸に刻む。【吉田純子】

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