デジタル甲子園

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 今年の夏は、インターネット朝日放送が連日中継する「バーチャル甲子園」も楽しんだ。白球を追う高校生たちの野球そのものもエキサイティングだが、甲子園という舞台で繰り広げられているドラマを見るのが楽しかった。
 北は北海道から南は沖縄まで厳しい予選を勝ち抜いて甲子園にやってきた「おらが母校」の応援に駆けつけた生徒、父兄、市の職員、OB、OG…。ひと様の目など一切気にせず、愛校心や郷土愛をこれほどむき出しにする国民的フィスティバルはほかにない。
 ブラスバンドが演奏する曲には、ヘンリー・マンシーニの壮大な「アフリカン・シンフォニー」やビットブルの「ファイアボール」、スィングガールズの「シング、シング、シング」が定番だ。これらの曲がどういった経緯で甲子園の定番になったのか。
 甲子園の高校野球選手権大会は今年百年目を迎えた。ここから松井秀喜選手や松坂大輔選手のような大リーグで活躍したスターが誕生した。
 それだけではない。その間に高校生たちは世界の音楽や流行をすばやくキャッチしてどん欲に飲み込み、自分たちの「甲子園文化」を作り上げてきた。
 初春、ボストンのフェンウェイ・パークで伝統のレッドソックスとヤンキースの試合を見た。球場はレッドソックスファンのレッドで真っ赤に染まっていた。甲子園のように集団的な応援はないが、ライバル意識をむき出しにする選手とファンが織りなすフェンウェイは独特の雰囲気を醸し出していた。
 デジタル甲子園を見ていて感じたのは、あのフェンウェイとの違いだった。明らかに似て非なる「文化」だ。
 ベースボールを野球と訳したのは、第一高等中学校(旧制一高)の野球選手でその後教育者になった中馬庚(かなえ)だ。その前には「庭球」とか「打球鬼ごっこ」とか訳されていたらしい。その野球は日本に完全に同化し、今や事実上の「国技」になっている。
 20年の東京五輪の種目に野球が入る。野球としてか、それともベースボールとしてか。五輪では野球は一時的にベースボールに先祖返りするのだろうか。【高濱 賛】

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