「復興の花」は咲くのか

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 もう一度訪れたいとずっと思っていた。東北新幹線の盛岡駅から美しい紅葉を愛でながら車を走らせた。向かったのは東日本大震災で大きな被害を受けた岩手県の三陸地方。海沿いに北から田老町、宮古市、山田町、大槌町へ。当時の記憶が徐々に蘇る。
 取材班として入ったのは震災から1カ月半が経った四十九日の頃。一面のがれきの山、崩れた防潮堤、建物に乗り上げた漁船、街全体に漂う焦げ臭い匂い、あちこちに供えられた花…どこかの戦場にでもいるような、筆舌に尽くしがたい光景だった。
 久しぶりに訪れて感じたのは「格差」の問題。復興が急速に進んでいる地域もあれば、とても遅い地域もあった。もとの暮らしを取り戻したかのように見える人たちも、目には見えない複雑な思いを抱えていた。
 当時取材させてもらった花屋の店主に7年半ぶりに会うことができた。もともと海側にあった店は骨組みだけ残して全壊。しかし、「悲しんでばかりもいられない」「花を通じて少しでもみんなが元気になってほしい」と、がれきに囲まれた空き地に小さなテントを張って営業を再開させた。
 懐かしい話に花を咲かせながらも彼の表情は曇っていた。「新聞は表明的にしか書いてくれない」「いまだにあの時を引きずっている」「あそこの地域には補助金が出たけど、僕の地域には出ない」「復興を買って出たNPOが補助金を不正に使った」。お金の問題をはじめ、話を聞いていると復興事業がうまく進んでいるとは思えなかった。別れ際に「何でも教えるからいつでも連絡してね」と言ってくれた。
 彼の胸の内はよく分からないが、さまざまな問題が解決されずに棚上げにされ、住民間や行政側との根深い相互不信が生まれているようだった。やはり現場でないと分からないこと、感じられないことがたくさんあると思った。
 震災からまもなく8年。被災地の復興ばかりが報道されているが、それはほんの一側面でしかないのかもしれない。今の職場では、外に出て話を聞き、肌で感じることができないが、プライベートの時間を使ってでも「現場」を大切にしていきたいと思った秋の週末だった。【中西奈緒】

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