地果て、海はじまる街

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 EU諸国の中で最も移住したい国といわれるポルトガルの首都リスボンの西、古城で有名な街シントラからさらに西の果てにあるロカ岬に向かう夕方のバスは、大変混雑していました。そのくせ、急ブレーキを連発させながら狭い山道を登り降りするドライバーは、乗客からの時折漏れる悲鳴に動じないばかりか、自分の運転に酔いしれているようでした。
 この手荒い運転に耐え得る理由は、ユーラシア大陸最西端の岬に、今日の務めを終えた太陽が沈むのを見るための試練なのかもしれません。そして地球が生まれてからずっと、とうてい言葉で表現するのをためらうほどの夕陽が海面を黄金色に光らせ、自然の芸術作品を創り出していました。ポルトガルの英雄的詩人ルイス・カモンイスの叙情詩の一文、「ここに地果て、海はじまる」と詠んだ、最果ての風景でした。
 およそ580年前、フランシスコ・ザビエルはリスボンからインドを目指し、さらに東にある最果ての国を目指して、ついに鹿児島に辿り着きました。「この国の人々は今までに発見された国民の中で最高であり、日本人より優れている人々は見つけられないでしょう。彼らは親しみやすく、一般に善良で悪意がありません。そして何よりも名誉を重んじます」と、ザビエルは日本人の印象を伝えています。
 ザビエルが伝えたキリスト教は九州のキリシタン大名によって守られ、天正期には遣欧少年使節団がヨーロッパに向かって出航し、辿り着いたのが西の果ての街リスボンでした。少年使節団がリスボンで宿舎としたサン・ロッケ教会は、宿舎というより豪華な装飾に飾られた巨大な教会でした。数百年前から学ぶべき場所だったためか、この街には世界最古といわれる書店が今でも存在していました。
 日葡の古くからの交流は、すでに日本語として定着したポルトガル由来の言葉を生み出しました。かっぱ(合羽)、かるた、ボタン、たばこ、おんぶ、天ぷら、そしてパンも。この国はパンが安くておいしい。そんな国に住みたい気持ちはよく分かります。
 かつて太陽が昇る東の果て国を探した大航海時代を経て、東西の交流の歴史が私たちの言葉や文化を生み、私たちの先祖が西の国に謙虚に学び続けようとした姿が浮かびます。【朝倉巨瑞】

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