毎年夏休みは、息子と三重県へ帰省するのが恒例になっている。今春ティーンになった息子だが、夏の日本行きが何よりの楽しみで、息子を大の日本好きにしてくれた両親には感謝しかない。いつもなら私の心も躍るはずなのだが、今年はモヤモヤした気持ちでいる。
 昨夏の訪日前、父に認知症の診断が出た。父の最近の不可解な言動については母から聞いていたが、80歳の年相応の物忘れだと思っていた。しかし、実家で一緒に過ごし始めると、徐々に単なる物忘れではないと分かった。
 そんな中、私が不在中に、テレビを見ていた息子を父が蹴る事件が起きた。だらしない姿が気に入らなかったようだが、これまでの父なら絶対しない行為で、私は翌朝、父を責めた。
 父は蹴った理由を思い出せず、後で思うと、それをぶり返して問うた私が間違っていた。父は「俺が蹴ったということは、相手がそれなりの悪いことをしたに違いない。謝る必要はない」と言い切った。そして、淡々と続けた。「あいつはやっぱり日本人と違う。お前の育て方が悪かったんや。もう跡も継いでいらんで、来年は来るな。縁を切る」
 日本人の従兄弟と違い、ちゅうちょせずに意見を言う息子を、父は生意気と感じていたのだろう。しかし、本来の父は、こんなふうに言う人ではない。アメリカ人の旦那はジュニアとして父親のフルネームを継いでいたが、生まれた息子が、6代目の平野姓を継ぐことを快諾してくれ、跡継ぎができたことを、私の両親もとても喜んでくれていた経緯がある。
 神様は、夏の短期間しか両親と過ごせない私に、父の病状を知るチャンスを与えたのだろう。実際、正月や盆休みに実家で暮らし、初めて親の認知症に気付く人が多いらしい。
 おかげで、私はアメリカへ戻った後、認知症について調べ、母へのサポートについても考えることができた。認知症患者が「縁を切る」と発言する割合は高いこと、そのような発言に対しては深刻にならず、冗談でも交じえ明るく対応するのがベストだということも知った。
 父は今、成長した孫との再会を心待ちにしている。今年の夏は、息子とともに心の準備をして、家族との時間を大切に過ごしたい。【平野真紀】

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