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わらび餅とイチローさん

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 今年は気温が3桁超えた日があまりない。とはいえ、ようやくLAの夏らしく暑くなってきた。
 夏に食べたいものに「わらび餅」がある。一年通していつでも手に入るから、夏に限定することもない。だが学生時代を過ごした京都では、夏に「わらび餅」の看板が目立ったことから、「わらび餅=夏」というイメージを持った。
 あるとき、大阪の梅田に珍しいわらび餅屋があるというので友人と出向いた。客が石臼できな粉を大豆から挽くという、なんとも楽しい甘味所。
 店に入ろうとしたとき、中から背の高い2人の男性が出てきた。「あ!」わたしはのけぞった。「イチロー選手ですよね!」。左側にいた男性は頷いた。わたしの女友だちは「誰ぇ」と関西弁のイントネーションで聞いてくる。
 当時、イチロー選手はオリックスで200本安打記録を達成したばかり。「関西在住でイチローを知らないなんて」と、友人の言動には目を丸くしたものだ。
 イチロー選手と握手し、横にいた(おそらく)田口選手には会釈して店の中に飛び込んだ。イチロー選手が座っていた場所を確認し着席。温かみの残るその席で味わう挽きたてのきな粉とわらび餅は、イチロー効果で格別のおいしさだったことを覚えている。
 プロ野球、翌シーズン後の年明け。イチロー選手は某食品会社のCM撮影のためロサンゼルスを訪問した。売り出し中の女性アイドルとの共演だった。
 その撮影の9カ月前、当地に移り住んでいたわたしは、ひょんなことからそのCMに携わることになった。
 イチロー選手は記録達成で若手注目株の筆頭だったが、近寄りがたさはまだなかった。撮影の合間、「わらび餅屋で握手した」ことを告げるとイチロー選手は「ああ!」と表情を明るくした。「覚えてる?」一瞬ときめくわたしに「あそこの店、おいしいよね!」と見当違いの答えが。あの時「おいおい」とうまく返せていたなら、会話が広がり連絡先を交換し合い、まんまとイチロー夫人になれていたかもしれない。
 夏が来るとわらび餅を思い、イチローさんとのあの場面を思い出すのだった。【麻生美重】

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