「日日是好日」

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 当地のお盆カーニバル、七夕茶会も一段落。二世週日本祭の時期がやってきた。
 お盆供養や一連のイベントに行ってみて、何か昨年と違うと感じることが多々あった。いつもいて当然と思っていた人が鬼籍に入られ、それで、雰囲気が変わったのだと。西本願寺のお茶席にいつも坐っておられた松本宗静先生もいらっしゃらなかった。あの笑顔に誘われて、楽しませていただいていたことを改めて思い知らされた。
 お茶会は、同じお道具を揃えて同じ所作でも全く違う茶会になる。手順やお茶が同じでも掛け軸やお花のお話、引き込み方で違う、それをもてなしというのだろうか。
 お盆供養では、いつもあんなこと気にかけてくれたな、あのイベントではなくてはならない人だったな等と故人を思っては寂しさが募った。御法話を伺いながらも、この先生のお話を来年も聴くことができるなどと安易な気持ちで聴いてはいけないと戒めた。
 今年の二世週祭のパレードで踊られる音頭の振り付けをされた三條勘菊先生も練習が始まる前に鬼籍に入られた。本番でみんなが踊る姿を見られずに無念だったと思う。今週末のパレードに備えての合同練習も終わって、それぞれの練習にかかっている。先生が見ていて下さると信じて頑張らないと。勘菊先生と宗静先生、ともに実行委員長賞を受けられるとあった。喜ばしいが、現役で活躍していてほしかった。
 一般参加の踊り手は年々減少している。二世週祭だから日本人の参加がなくてもいいのかもしれないが、日本の日本語の曲が踊られる。しかも、新しい日本の曲が。サンディエゴから来て参加している人もいる。もっと近くにいる日本人が参加してもいいのではないかと思ったりする。
 アメリカ各地で数日の間に、無差別殺人事件が起こって犠牲者が多数でた。何とも痛ましい。戦場ではないお祭り会場やショッピングモールでのこと、いつ何が起こるか本当に分らない。次は自分の身に起こるかもしれない。命には限りがある。日々を悔いのないように、いい日にして過ごしていくほかないと実感する。今年、踊れていても来年のことなど分からないのだから。【大石克子】

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