74回目の終戦の日

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 「助けてくれー」。深夜の病棟に響き渡る男性のうめき声。眠りについていた祖父だったがとたんに目を覚ましこう叫んだ。「待ってろー。今助けに行くから!」。すぐさまベッドから起き上がろうと私の腕をつかみ言った。「起こしてくれ。今から奴を助けに行く」
 病院で寝たきりになっていた祖父だったが、こんなにも力が残っていたなんて、子どもだった私は驚愕した。眼光は鋭く、私の腕をぎゅっと強く握りしめ、必死になって起き上がろうとしていた。
 隣の病室の男性患者は祖父とはまったく面識のない、同じ年くらいの老人。しかし、あの時の祖父はあきらかに戦場で戦友を助けに行く姿そのものだった。日々薄れゆく意識の中、自らの戦争体験が蘇り、現実と重なり合ってしまった瞬間だった。死を間近に迎えようとしていた祖父だったが、戦争での体験は薄れるどころか、むしろ鮮明に脳裏に焼きついているようだった。
 近衛兵だった祖父からは、寒風吹き荒む中で行われた昭和天皇の閲兵のエピソードなどは聞くことがあった。しかし、戦争で何を目にし、どのような体験をしたのか、子どもだった私にその多くが語られることはなかった。今になって思うと、もっと戦争の話を聞いていればよかったと悔やまれる。父からは「妻、子どもより戦友」というほど、終戦後も戦友を大切にしていたと聞く。
 数年前、実家の和室を整理していた時、古ぼけた箱の中からセピア色の軍服姿の青年の写真を見つけた。明らかに祖父ではない。20代半ばくらいの凛々しい青年の写真だった。どこの誰かは分からない。しかし祖父が大切に保管していた様子から、戦友の写真であることは間違いなかった。共に生きて帰ろうと誓うも戦場で散った戦友の一人なのかもしれない。そう思うと胸が締めつけられた。すでに祖父が亡くなっている今、もう誰も知ることはできない。語られることのない戦争のストーリーが我が家の片隅にもあった。
 戦争を知る世代が年々高齢化する中、今後どれだけ語り継ぐことができるのか、過去の教訓はどのようにして未来に生かされていくのか―。明日15日は74回目の終戦の日を迎える。【吉田純子】

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