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情報に惑わされない

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 今年も後半になった。リトル東京のハロウィンパーティーも年々参加者が増えて賑わった。日本に住んでいる若者がこれを聞いて、日本の真似をしてるの? というのにはビックリ。仮装はコスプレ同様に日本文化と思っているところがすごい。
 ネット社会で情報が氾濫しているのに、視野が狭くなっていると聞いたことがある。パソコンやスマートフォンで検索したキーワードから「この人はこんなことに関心があるんだな」とコンピューターが判断した情報が出てくるシステムになっていると。ニュースでも同じようにその人が関心があるジャンルから出てくる。自ずと関心がない情報は出てこない。顔が見えない、名乗らない人たちが無責任にあおった情報が拡散される。議論にはならない。情報自体が必ずしも正確とは限らない。ハロウィンの仮装用マスクにのっぺらぼうがあったが、ネット社会と同じに見えた。
 以前は新聞各紙を読み比べ、同じ分野でも違った著者の本を読むことで、ニュースの書き方の違いや著者の視点の違いから事象の判断を偏らせずに理解できたような気がする。ニュースをインターネットで見ると、紙面を読むのとは違いコンピューターが選んだ記事が先に出る。何気なく目がいった記事に出会える紙面とは違う。新聞にはその楽しみがあった。知らなかった地名を目にする、些細な出来事からヒントをもらう、小さな記事から重大なことを気付かされたり、いろいろなことが得られた。本も然り。読みあさっていくうちに、もっとこのところが知りたい、関連するものはないかなどと広がっていった。
 ネットからの知識だけの人と本を読む人の差は、物事を見る目、判断力に出るように思う。若い人と話をしていても、会話ができる人と、話が通じない人がいるのは、こういうところからきているのかと思う。
 東西冷戦が終わってからの時代が平成。世界はいろいろに動いた。令和がどうあったらいいか歴史を認識して情報操作に惑わされないよう考えなければいけないと思う。
 そういえば、永住権更新もコンピューターでするより、書類を郵送した方が手続きが早いと言われた。妙に納得。【大石克子】

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