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変わりゆく未来

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 仕事柄、高齢になった日本人一世在米者に会うことが多い。雑談の中で必ず出てくる話題がある。「全く違った世の中になってきた、もう別世界だね」という話の内容だ。
 日常の電気、水道、ガスの支払いなど、単純なことだが、方法を変えようと思えば電話で人間と話すことは、ほぼ無理だ。PCにアクセスし、アカウント番号を自分で設定し、パスワードを作り、やっとつながる。その頃には、やれやれと、嫌になる。以前はこの仕事をする担当者がいたが、今はこれを全部消費者にさせるのである。これがまた、ありとあらゆることにだから、疲れるのである。
 大抵は何が何だか分からないから、自分の子供に手助けを頼んでいるはずだ。英語を母国語として生まれ育った子どもたちには、何でもないことだ。「どうしてこんな簡単なことが分からないの、前に同じことを教えたよ、覚えてないの」、と叱られるのを我慢し、助けてもらうのが現状ではなかろうか。手助けがある人は良い。ない人は、お気の毒だ。
 たまに、大きな売買をし、その書類の内容をよく読み、理解した上でサインをしなければならない非日常の場面もある。子供を呼ぶわけにはいかない時もある。指示に従い、なんとか自分でやり遂げる。今の取引の書類は、ほぼ全てドッキュサインでなされる。これは、自分の手でサインするのではなく、受け取ったメールで自動的に設定された自分のサイン箇所をマウスでクリックすると、自分のサインが出てくるやり方だ。次々に進むから、英文を読んでいる暇もない。クリックはしたが、本当に大丈夫だろうかと、不安に駆られる。こんな時、変わりゆく世の中から自分がどんどん追い出されるような感覚を味わう。
 これからの米国生活には、英語が理解できること、PCが使いこなせることが必要最低条件になってきた。片言英語でも真面目に働き、質素倹約に励めば米国生活を楽しめた時代はなくなりつつある。いつの世も変わってゆく。嘆く前に、今の大変化についてゆかねばと自分のお尻をたたく毎日である。皆、苦労しています。【萩野千鶴子】

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