いざ、桶狭間へ

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 父が入院したとの突然の連絡がありました。家の庭から用水路に頭から落ちて救急車で病院へ運ばれたとの衝撃的な電話でした。庭は用水路から2メートルほど上、そこから転落すれば頭を強く打ち溺れるはずです。父は今年91歳で田舎暮らしをしています。今この状況で病院へ入院するということは、病院や関係者に迷惑をかけてしまうのではないかと、申し訳ない気持ちにもなりました。当然ですが、母も入院した父に面会することもできませんでした。母の話では背骨が折れ、骨折は3カ所もあるということでした。
 さてどうするか。私は考えていました。駆け付けたからといって、面会はできそうもなく、長距離移動には感染リスクがあります。いろいろ考え、まずは父が退院をし、十分に回復してから会いに行くことにしました。なにせ頭を打っています。高齢ですので、急変することもあるかもしれないと思いながらも、父が退院するのを待っていました。ところが1週間ほどして、父はあっけらかんと退院をしたのでした。
 そして実家に向かうことになり、途中名古屋で名鉄に乗り換えて桶狭間に寄ったのは、大河ドラマがお気に入りで、歴史好きの父に土産話をするためでした。今川義元と徳川家康率いる2万5千の兵と、織田信長率いる3千の兵が桶狭間で対峙(たいじ)したのです。今川軍が圧倒的に優勢で余裕で昼飯をとっていました。そこに雨が降ってきて、無防備であった今川軍に少数の織田軍が奇襲を仕掛け、たったの2時間で義元は下克上の世から姿を消し、信長は天下統一に前進していきます。
 戦国の世で敵対する仲の義元と信長ですが、ここでは仲良く二人の銅像が並んでいました。この二人の銅像を後ろから眺めると、彼らが共に古い歴史を壊し、新しい日本の形をつくろうと未来を見つめている。そんな気がしました。そして、顔や体にあざはできていましたが、元気になった父とも再開ができました。車椅子で明智光秀の大河ドラマ館にも連れて行きましたが、父は自分が転落したことを覚えていませんでした。記憶しなくて良いこともあるのです。【朝倉巨瑞】

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