鳥の取り持つ縁

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 まな板の上のコイのごとく観念して、歯科医院の治療椅子で口を開けている私に向かって、メキシコ系の歯科衛生士の女性が、「日本人なの? 私はNHKワールドをよく見るわよ」と言ったのがきっかけ。あまりに意外だったが、「ベネシアさんの番組が好きだったわ」などと言うから、お愛想ではなさそうだ。麻酔のしびれも歯をグイグイ押される衝撃の不愉快さも後退し、興味心がムクムクと頭をもたげた。私は親指でグッドサインを出したり、目で驚きを表したりして返答し、会話が続いた。するとお次は「日本人収容所の鳥のブローチを持っているわよ」ときた。
 それは戦時移転キャンプで生活中の日本人が木片を鳥の形に削って彩色し、裏に安全ピンを取り付けたブローチで、収容所の美術品・工芸品を集めて一冊の本にしたデルフィン・スナハラ著「Art Of Gaman」(邦題・尊厳の芸術)にも紹介されている。実際、日系人のスナハラさんの出版の動機は、母の遺品に鳥のブローチを見つけたことだったと、本の序章に書かれている。多くの日系人と同じでスナハラさんの母も、収容所のことは生前ほとんど話さなかった…。と、これは後から家に帰って調べたり著書を読んで知ったことである。
 キャンプの作品の数々は、美術作品として作られたのではなく、ほぼ何もないところで生活を彩るために生み出されたものだという。さまざまな鳥のブローチが残されているというが、精巧にできた一羽もあれば、不器用に作られた一羽もあったことだろう。親子の思い出の一羽や、友情の証に交換した一羽もあったかもしれない。しかしなぜそれが歯科衛生士の手に?
 歯科衛生士のエレナさんは「近所に住む中国人からもらった」と言うが、なぜご近所さんが持つに至ったかは不明。後から送ってくれた写真のブローチは、丸い目の尾の長い鳥が、小枝に止まっている素朴なものだった。「歴史的価値の高い宝物を大事にしてね」とテキストを返した。
 意外な展開になった「苦行の時間」を楽しく思い出しながら、全米日系人博物館が再開したら彼女を誘って行ってみたいと思う。早くパンデミックが終わってほしい理由が、また一つ増えた。【長井智子】

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