ローズ・オチ・スクエア誕生:小東京に新名所、功績たたえ

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ローズ・オチ・スクエアの標識を除幕する(左から)ローズさんの夫トミーさん、デ・リオン市議とクバさん

ローズ・オチ・スクエアの命名に尽力したビン・デ・リオン市議(左)とダーリン・クバさん

 公民権活動をはじめ多方面で活躍し昨年12月に亡くなったローズ・オチさん(享年81)の多大な功績をたたえ、小東京の1街とジャッジ・アイソ通り(サンペドロ通り北の端)の交差点に名付けられた「ローズ・オチ・スクエア」の命名式が4日、行われた。日系社会を中心にオチさんの活動に賛同した支援者など約80人が見守る中、交差点の角に設置された標識が除幕されると、拍手と歓声が上がった。

 式典には、市議会で命名の動議を行った小東京を含む第14区選出のケビン・デ・リオン市議と、オチさんの親友で命名を発案し市議に働きかけたダーリン・クバさんが立ち会い、あいさつに立った。2人がオチさんの活動を絶賛するたびに大きな拍手が送られ、日系史に足跡を残したオチさんの功績を改めて認め、故人に敬意を表した。
 小東京には日系偉人の名を冠した通りや広場が各所にあり、この日また一つ新たな名所の誕生に日系社会が沸いた。

小東京の「玄関口」に命名
偉大な業績を顕彰して

 4日、小東京におけるローズ・オチ・スクエアの命名式で、オチさんの偉大な業績に再び光が当てられた。オチさんは、数々の「ガラスの天井」を打ち砕いて連邦政府や地方政府の要職に就いたアジア系米国人女性のロールモデルとしてたたえられた。

ローズ・オチ・スクエアの命名に尽力したビン・デ・リオン市議(左)とダーリン・クバさん

 オチさんは1938年、イーストロサンゼルスで生まれ、第二次世界大戦中、3歳の時にアーカンソー州ローワーの日系人収容所に移送された。終戦を迎えたのは6歳の時で、収容生活を記憶していた。後に連邦政府の要職に登用され、収容経験が生きることになった。マンザナの日系人強制収容所跡地を国定史跡に指定する運動に尽力。1988年の収容者への国家賠償では「レーガン大統領が演説でオチさんの名に言及した」と動議が伝えている。
 ロサンゼルス市警での勤務では武力行使政策の策定に功績を残したほか、より多くの女性やマイノリティーの職員を採用した。97年、クリントン政権下でアジア系女性として初めて連邦検事補を務めた。その後、ロサンゼルスに戻り、2001年から05年まで、アジア系女性で初のロサンゼルス警察委員に就任した。
 命名式であいさつに立ったケビン・デ・リオン市議はオチさんの功績をたたえ、最大級の賛辞を贈った。命名が全会一致で議決されたのは1月だったが、新型コロナウイルスの影響で式典開催がすぐにできなかったことをわびた。だが、今月5月がアジア太平洋諸島系住民(API)月間にあたることから、その遅れを逆手に取り「今、この時にアジア系女性の素晴らしいパイオニアをたたえることを光栄に思う」とし、「オチさんはロサンゼルス市民と日系人の公民権擁護に尽力した」と話した。
 オチさんの功績の中で特筆すべきは日系人収容者への国家賠償とマンザナ収容所跡地の国定史跡化だとし、「アメリカ人はこの二つの功績を忘れることはないだろう」と強調した。喝采を促すと、聴衆は声高に「そうだ」と応えた。「ローズの残した業績は、市、州、国の遺産となって生きている。今日、このリトルトウキョウで、偉大なパイオニアの日系女性の功績を顕彰して敬意を表し、ローズ・オチ・スクエアを命名することを正式に宣言する」と締めくくった。

ローズ・オチさんの功績を力説するダーリン・クバさん

 命名を発案し実現に向け奔走したダーリン・クバさんはスピーチで「社会の平等と公正のために人生をささげた」とオチさんを褒めたたえ、「公民権の擁護者、政策策定者、刑事司法の改革者」と表現。公教育では社会的・経済的に恵まれない地域の人々への加州助成金支給を支援し、カーター政権では移民難民政策で市民権獲得への道をつくるための移民法改正に尽力したことを紹介した。その他、アジア系女性にもかかわらず歴任した重職のキャリアを列挙した。スクエアの命名場所について「この交差点は、リトルトウキョウの玄関口として最適である」と説き、「ローズは自らの遺産を誇りに思い、光栄さと尊厳を持って日系社会を代表していた」と語った。
 オチさんは、日本人社会とも交流を図った。女優のような端麗な容姿を持ちショートヘアがよく似合ったことから「宝塚の男役もできそう」などと、ささやかれた。有識者でもあり、まさに才色兼備。日本人には日本語で話し掛け、気さくな人柄で親しまれていた。
 クバさんは羅府新報の取材に対し「ローズは日系女性、アジア系女性のかがみであり、憧れの的だった。若い日系やアジア系の女性には、ぜひ彼女の遺産を受け継いで活躍してもらいたい」と願った。 【永田潤、写真も】

ローズ・オチ・スクエアの命名式を約80人が見守り、小東京の新たな史跡の誕生を祝った

オチさんの遺影とともにスクエアの標識のレプリカを抱え、記念撮影に応じる(左から)トミー・オチさん、デ・リオン市議とクバさん

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