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 「海外で、しかも英語での講演は初めてなので少し緊張しています」と開演前に語った山田さん。ロサンゼルス寛容博物館( Museum of Tolerance)で開催された講演会「アフター杉原―小辻節三のユダヤ難民救済」に登壇するため、日本での映画撮影を終えてすぐにLA入りした。

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 1997年、『萌の朱雀』で、第50回カンヌ国際映画祭カメラ・ドール(新人監督賞)を史上最年少(27歳)で受賞した河瀬直美監督。その後も精力的に映画製作を続け、2007年には『殯の森』で、第60回同映画祭グランプリを受賞。

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 「日本にいるときの私は、実感できない不安定さの中にいました。チューブの中の絵の具みたいな気持ち。『自分は何色なんだろう』と。LAに来てからはいろいろな『色』になる楽しみを覚えた。他の俳優たちの色と混ざって新しい色になる楽しさです」

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 韓国人として、妻が日本人であることに、生きにくさを覚えることもある。特に、日本と韓国の本国同士が慰安婦問題や竹島問題で対立している時は複雑な心境だ。韓国の人と会っても「妻は日本人」と言いづらい。「なんで本国同士の問題に、自分たちが影響されなければならないのか」

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 「きれいな沖縄しか知らない」と語るのは、長崎で生まれ、疎開先の熊本で終戦を迎えたから。小3から20歳まで育った沖縄が、人格を形成した礎だ。

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 50年間で立ったステージは950回を超えた。「健康で、家族の支えがあったからやってこられた」と感謝の念に堪えない。任された司会は「1度もキャンセルしたことがない」。責任感が強く、母とよさんが亡くなった週末も、悲しみをこらえ舞台に上がった。「楽しみに来る客に辛い顔を見せてはならない」と、何事もなかったかのように気丈に振る舞い、脇役に徹した。

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   「フラメンコは、自分の感情や内面をさらけ出すことで表現するダンス。感情を押し殺して育った日本人にとって最初は難しく感じるが、一度その壁を打ち破ると、今まで秘めていたクリエーティビティーが働き出し、視野が一気に広がるんです」

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 ウクレレやアコースティックギターなどの楽器に興味を持ち、13歳の誕生日祝いにギターを贈られ、ロックやポップなど洋楽にのめり込んだ。バンド少年は、中高一環教育の進学校に通ったものの「やっぱり、音楽が一番好きだった」と、ただ1人、専門学校に進んだ。ジャズを主に音楽理論を身に着けた後、渡米。

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 日本記録保持者など、地方の国立大としては信じがたい数々の優れた選手を育てた名伯楽だ。その理論に基づく育成法の原点は、米国にあるという。

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