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 カリフォルニア公衆衛生局(CDPH)は4日、加州疫学者のエリカ・パン博士とアジア系および太平洋諸島系(API)コミュニティーの有名人、いわゆるインフルエンサーによる、新型コロナワクチンの安全性と有効性に焦点を当てたフェイスブック・ライブ・パネル座談会を放送した。

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 1932年7月、ロサンゼルスは地元で開催中のオリンピックで沸いていた。しかし、アメリカでは放送権料に関する合意に至らず、競技が国内向けにラジオ中継されることはなかった。新聞屋として速報を伝えるべく、加毎(加州毎日)は試合の行われるスタジアムからリトル東京のサンピドロ(サンペドロ)街にあるミツバ貿易商会に電話をかけ、毎日午後2時からその店頭で音声を流すことにした。加毎による有線放送の試みである。その模様は「店頭に集まった群衆は約700名、刻々と入り来るニュースに対して咸声をあげ或者は熱狂して、ラウドスピーカーに向って、声援するという熱心振りであった」(加毎1932年8月1日)と伝えられている。

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 日米関係強化を目的とした米国における最も古い組織の一つで、今年で設立112年目を迎える南加日米協会(JAS=Japan America Society of Southern California)はこのたび、三好麻里氏の新会長就任を発表した。日米二国間のより良い関係のため歴史的な功績を残してきた同協会を率いることになった三好氏は、現在センチュリーシティーにある有名ホテルをも所有する住友不動産(USA)社長兼CEOを務めている。

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 4日、小東京の東本願寺別院で、追悼式典「May We Gather : A National Buddhist Memorial Ceremony for Asian American Ancestors」が行われた。同別院メインホールには米国仏教団マービン・ハラダ総長をはじめ、東本願寺別院の伊東憲昭輪番、禅宗寺のダンカン・隆賢・ウィリアムズ師、そして中国、日本、クメール、韓国、台湾、チベット、スリランカ、タイ、ベトナムから、宗派を超えて計49人の僧侶たちが参集した。黒、黄などさまざまな色のけさを身にまとった僧侶たちによる合同法要の様子は、カメラで生中継された。

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 公民権活動をはじめ多方面で活躍し昨年12月に亡くなったローズ・オチさん(享年81)の多大な功績をたたえ、小東京の1街とジャッジ・アイソ通り(サンペドロ通り北の端)の交差点に名付けられた「ローズ・オチ・スクエア」の命名式が4日、行われた。日系社会を中心にオチさんの活動に賛同した支援者など約80人が見守る中、交差点の角に設置された標識が除幕されると、拍手と歓声が上がった。

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 小東京コミュニティーカウンシル(LTCC)は、コロナ禍で大幅な収入減に直面している小東京の中小50の事業者に、合計10万ドルの助成金を授与した。2020年11月に行われた第1回目の交付では、25社にそれぞれ2千ドルが渡されたが、その大半は20年以上営業している老舗の中小事業者だった。2回目の付与も小東京の伝統を受け継ぐ事業者を中心に25社が対象となった。

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 「LAシアターワークス(LATW)」が日系米国人の体験をテーマにした2本の声劇作品を発売する。作品はジーン・サカタ作の「フォー・アス・オール(For Us All)」と、ジョン・オカダの小説をケン・ナラサキが脚色した「ノー・ノー・ボーイ(No-No Boy)」。いずれも州立図書館の「カリフォルニア・シビル・リバティーズ・パブリック・エデュケーション・プログラム」助成金を受けている。

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 日本政府は4月29日付で、令和3年(2021年)春の叙勲受章者を発表した。在ロサンゼルス日本総領事館管轄区域関係者では、ロングビーチ市在住のダグラス・アーバー氏に旭日双光章を、パサデナ市在住のデイビッド・ミキオ・ヤマハタ氏には旭日単光章がそれぞれ授与される。アーバー氏は日米の地域間交流および相互理解の促進に寄与し、ヤマハタ氏は米国における日系社会の福祉向上に貢献したことが認められた。両受章者の対日功績を紹介する。

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 米日カウンシルは、特別イベント「アイリーンをしのぶ追悼式」を28日(水)午後5時からオンラインで開催する。イベントでは、前米日カウンシル会長のアイリーン・ヒラノ・イノウエさんをよく知るリーダーなどの人々が、アイリーンさんが支持した多くの活動や社会にもたらした影響に触れながら、追悼の意を表す。家族や友人を誘っての参加を主催者は呼び掛けている。

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 ロサンゼルスの日本語放送史を語る上において欠かすことのできない人物がいる。それは1929年から約9年間アメリカに滞在し、いろいろな番組でアナウンサーを務めた河辺照男である。しかし、当時を知る人でも河辺照男と言われてもピンとくる人はほとんどいないと思われる。というのも公の場では本名の河辺ではなく、前田照男、前田輝男、あるいは国本輝堂の名前を使っていたためである。

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 ロサンゼルスのブロードウエーと5番街にほど近いアーケード・ビル屋上にそびえ立つ、KRKDのネオンサインの付いたアンテナ鉄塔は長年にわたりダウンタウンのランドマークとして親しまれている。KRKDは戦前にはこのビルの3階にスタジオを有し、毎週月曜日の夜に日本人が集まり30分の日本語番組を放送していた。このように在留邦人にはおなじみの放送局であった。

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