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 「小学校の勉強で好きな科目は?」と聞かれたら迷わず「体育と図工!」と答える子供だった。ところが体育は「得意」だったが、図工のほうは「好きこそものの上手なれ」とはいかず…。悲しいかな、私は「ぶきっちょ」な子供だったのだ。  いつも母と開いた本があった。

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 随分と昔のことですが、当時ガーディナにあった非営利団体の事務所を訪ねた折に、その時の代表が編集したと言って私に手渡したのが、「豆腐バカ 世界に挑む」という本でした。1980年代、豆腐の新たな販路を求めて米国現地法人の責任者を命じられた筆者が、米国人が嫌いな食べ物だった豆腐を米国に広めるために悪戦苦闘した実話でした。

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 この日にコラムを書くことは、偶然とはいえ何か意味があるのだと思う。  転職活動をする中で過去に書いてきたものを読みあさっていたら、「10年後の自分に宛てた手紙」が出てきた。当時大学生の私はハワイの日系2世や新宿のニューカマーたちへのインタビュー調査に奔走していて、未来の自分にこう提案している。

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 今冬、シカゴは例年にない暖かさで雪も少なく、今のところ文句など言えない新年をむかえた。  第2土曜日には当地の柔道道場、闘魂柔道アカデミーの恒例行事「鏡開き」でコミュニティーをあげての餅つきが行われ、昨年をはるかに上回る人出に館内は熱気がこもっていた。

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 支援している日舞のグループが、定期公演のために夏の間から、高校のオーデトリアム借用の話を通し、料金は全額前払いで契約を交わしていたにも拘らず、開催日の2日前になって教職員のストが長引いて、開校の目途がつかないので契約はキャンセル、という通達が届いた。

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 取材に行き羅府新報の記者だと名乗ると様々な反応をもらう。「親が読んでいた」「まだあったの」「届くのが遅い」「長く購読している」「知らない」。よくあるこれらのリアクションに「おかげさまで116年続いております」と答えるが、その数字には驚かれることが多い。  先日、40年購読しているという女性に会った。

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 歴史問題や輸出規制、軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の破棄など、日韓関係が戦後最悪レベルに陥っている現状に不安が募る中、コニー・カン記者ならば、どんな切り口で今の日韓関係に関する記事を書くだろう、と思いをめぐらしていた矢先だった。虫の知らせだったのか、悲しいニュースが届いた。

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 これは日本に住んでいた頃の経験。中学受験の盛んな都心の小学校で息子は友だちと楽しく塾通いし、私は受験のイロハに目を向けていた当時、「どうなのだろう、これって」と思っていたことがある。目標校選びでは進学率や評判、通学時間、果ては制服のかっこ良さまでいろいろな指針があったが、校風については案外気にされていない様だった。

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 寝耳に水だった。  日本滞在中の5月にシアトルから届いたのは、これまで40年以上高齢者ケアにあたってきた非営利団体敬老ノースウエストがシアトル敬老リハビリテーション・アンド・ケア・センターを年内で閉鎖するというニュースだった。  今年2月は敬老ノースウエストが催したオークションで40万ドル以上が集まるのを目撃し、4月には、成田に向かう2日前にシアトル敬老ボランティア感謝昼食会に出席したばかり。

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 はっきりしないインフォメーションしか届かないまま、いよいよ恒例のファンドレイジングまで2週間と迫った頃、管理職あたりがそわそわし始め、準備が進んでいない様子がみえてきた。  州や連邦政府の援助が当てにならない昨今、コミュニティーの非営利団体のファンドレイジングは各種プログラムの死活問題であり、どの団体も必死で趣向を凝らして支援者に協力を呼びかけるのだが、今回は最初からテーマが見えず、ただ飲み食いの社交の場を提供して、その見返りに「寄付をねだる」様子が見えて気が乗らなかった。

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 4月も終りだというのに、雨交じりの雪が一日中降り続いた土曜日。  「まるでシカゴみたいな天気だね」誰かの冗談を思い出しながら葉にも蕾にも雪を被って、それでも兵士のように直立している庭のチューリップを時々眺めて一日過ごしたが、一夜明けると雪はたちまち春の日差しに溶け、空は抜けるほど青く広がっていた。

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 行きつけの郵便局や銀行の窓口に異変が起きている。私は米国西海岸で一番大きいリタイアメントコミュニティー、ラグナウッズ市の傍に住んでいる。近所の郵便局はかつてはそこの老人たちで賑やかだった。局員は彼らの名前を覚えていて、明るく迎え、小会話を交わしながら、仕事をテキパキと片付けた。

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